「……どうした?」
 話の途中で言葉を切り、顔を背けて黙ったリクオに、鴆は怪訝な声をあげた。向かい合わせに座った、いつもの酒の席である。
「いや、……目が。何か入った」
「見てやるよ」
 リクオが背けた側に膝をつき、顔に手をかけた。患者を診るように、後頭部を軽く支えて顎をあげさせる。
「そのまままっすぐ、少し下の方見てろ」
 間近から覗き込み、長い睫毛で縁取られた瞼を軽く引き上げる。
「ああ、睫毛が入ってんな。そのまま動くなよ」
 舌先で、そっと眼に触れた。
 指の下で、リクオが微かに震える。
 指で舌を拭い、確かにとれたことを確かめた。
「もういいぜ、リクオ」
 言いながら、閉じさせた瞼に口付ける。
 言われた通りじっと待っているリクオは随分とかわいらしく、そのまま身を離すことなどできなかった。
 柔らかな感触を唇に楽しむ。軽く舐めてやれば、小さく肩を揺らした。指をかけた頬が熱い。触れるだけの口付けで輪郭をたどり、唇を塞ごうとしたところで強く袖を引かれた。
「……どうした」
 尋ねた声は、少し不満が滲んでいたかもしれない。
「どうって……、おめえ、」
 身体を離すと、ひどく頬を染めたリクオが睨む。
 わけがわからず、誘われるままその頬へと手を伸ばせば、口ごもったリクオは逃れるように身を引いた。
「リクオ?」
「いや、……だって、あんな真似、」
 そう言われても心当たりはないが、常と違うことは一つしかない。
「あんな真似、ねえ?」
 つい遊び心を出し、これ見よがしに唇を舐めてやれば、リクオは怒ったように口の端を引き結んだ。けれど、隠しきれない羞恥はいつもと違う艶っぽさをその面に添え、常にも増して見る者をそそる。鴆は頬が緩みそうになるのを懸命に堪えた。
「あんな、と言われるようなことじゃねえだろう?」
「……おめえは自分が診る相手に、いつもあんな恥ずかしい真似するのかよ!?」
「んなわけねえだろうが!!」
 大きく息を吐いて鴆は腰を下ろし、胡座を組んだ。
「変なヤツだな。恥ずかしいってほどのことじゃねえだろう。目ん玉舐められたのがそんなに嫌だったか?」
「嫌だったわけじゃねえよ。そんなんじゃねえけど、」
 歯切れの悪いリクオに、鴆はからかうような笑みを浮かべた。
「じゃあ、リクオからしてくれよ」
「……はあ?」
「それならあいこだろう?」
「意味がわかんねえぞ、鴆」
 言いながら、リクオもいつのまにか苦笑を浮かべている。
「仕方ねえ。こっちで許してやるよ」
 鴆が親指で自分の唇を指し示してやれば、リクオの笑みも深くなった。
「ったく、何が仕方ねえんだか」
「嫌か?」
「……嫌じゃねえっつってるだろ」
 リクオの指が、鴆の頬にかかる。
 間近に迫った顔に見とれながらも目を閉じれば、鴆の唇は柔らかく塞がれた。舌でなぞれば、リクオの唇はすぐに綻んで、熱い口腔へと誘い込まれる。
 舌が、絡まる。吐息を、貪る。
 煽るように愛撫を返してくるリクオが、口付けと口付けの合間に色っぽい笑みを零す。
 いつもひたむきに鴆を求め、憚ることなく情欲に蕩けるリクオが、時折不意打ちでさらす初心。
 それはひどく愛しく、鴆は昂ぶるまま、リクオを腕の下へと押し倒した。
                                (了。10.10.18.)

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