強い風が、周囲を取り巻く竹林を激しく揺らしていた。大粒の雨が屋根に当たり、物騒な音を立てている。宵の口に降り始めた雨は夜が更けると共に強くなり、今は横殴りの風と共に、この薬鴆堂を包んでいた。
「……も……、ム、リって……っ……、ぁ……あ……っ」
 横たわり、まだ息が調わない身体を返されて、リクオは掠れた声で抗議をする。
「いいじゃねぇか。……どうせ朝まで帰れないぜ、この雨じゃ」
 そう言う鴆も、呼吸は荒い。
 台風の訪れが物語る通り、季節は秋へと巡り、山中の薬鴆堂は随分と涼しくなった。けれど今、仄かな灯りに照らし出される互いの膚は汗に濡れ、閉め切った部屋の中は二人分の熱に充たされていた。
「そういう問題じゃ、……ねぇだろ……っ、ん……っ……」
 言いながら、抗しきれないのもわかっている。熱い掌に脇腹を撫で上げられ、身体の芯が痺れる感覚を味わううち、片脚を抱えられ、鴆の熱が押し当てられるのを感じた。
「リクオ……」
「……は……ぁっ……、……ぁんっ……」
 あやすように呼ばれれば、それだけで触れた膚は疼いてしまう。
 既に身体を繋げ、一度ならず達かされたというのに、どれだけ欲が深いのか。頭を掠めた羞恥は、けれど鴆に穿たれれば霧消して、何も考えられないままリクオは腰を揺らした。
「……んっ……、いいぜ、リクオ……」
 息の合間に呼ぶ声が、ひどく甘い。こんな声を出させているのが自分だと思うと、不意に堪らない気持ちに襲われた。自身を貫く鴆が意識され、もっと深く繋がりたいと灼けつく強さで願う。
「……鴆、……」
 呼んだ声は掠れ、雨音に紛れてしまった。聞こえたとは思えないのに、覗き込んできた鴆は嬉しげに目を細めてみせる。
「……おめえ……リクオ、」
 視線を逸らさぬまま、腰を突き上げられた。
「……ぁんっ……っ……は……ぁあっ……」
「……なんてェ顔、しやがる……」
 笑みを含んだ声に、リクオも思わず口元を綻ばせる。揺さぶられるまま身の奥は蕩けて、今日何度目かの波が四肢に満ちていく。
「……んっ……鴆……っ……」
 今度ははっきりと名を呼べば、身を屈めた鴆に肩を抱かれた。目を閉じて、律動を速めた鴆に身を任せる。雨音を縫って届く、荒い息遣いが耳元を擽った。
「……ぜっ……ぁっ……、鴆っ……」
「……っ……リクオ……」
 身体が大きく震え、充ちたものが弾ける感覚を味わう。抱いてくる腕に力が込められたかと思うと、身の内に鴆の熱が注がれる。
 そのまま倒れ込んできた相手の体温を感じながら、リクオは確かめるよう、鴆の頭を抱き寄せた。
 目を閉じたまま、熱を残す息遣いを聞き、汗の匂いを嗅ぎ、指先に短い髪の感触を遊ばせる。弛緩した身体は指一本動かしたくなかったが、戯れのように触れ合うのは嫌いではなかった。
「リクオ、」
 ひどく嬉しそうな声が、間近から囁く。髪を撫でられ目を開ければ、間近で鴆が笑った。
「……何だよ、」
「……ずっと、こんな雨が続けばいいのにな」
 一拍置いて答えた鴆の声音は、からかう響きを含んでいる。こんな声のときはろくな話でないと思いつつ、無視したところで、結局は言いたいことを言われてしまう。
「台風だぜ。……どういうことだよ?」
「こんな日、だけだからな、」
 目を細めると、鴆はまるでとっておきの秘密を打ち明けるよう、耳元へと顔を寄せた。
「リクオが、我慢しねェでイイ声聞かせてくれるじゃねェか」
 どこか得意気な声に、頬が熱くなった。
「……莫迦言ってんな」
「照れるなよ。嬉しいって話だろ」
 視線を逸らすと、乱暴に髪を撫でられた。顔をしかめて背を向けてやれば、背中から寄り添うように抱き竦められる。
「リクオ、」
 激しい雨音を縫って、鴆の囁きが届く。あやす口調で、続く言葉は想像できた。
「……なあ、もっと聞かせろって。……お前の、声」
 触れ合う膚から、常より速い鼓動が伝わってくる。自身の脈も、同じように鴆は感じているのだろうか。
 ゆっくりと、鴆の掌が膚を撫ぜる。優しい、けれど思わせぶりな愛撫は、火照った身体を冷まさせてはくれない。
 身じろいで、リクオは鴆へと身体を向けた。
 雨の音が、部屋の外すべての気配を消している。
「お前が、その気にさせてくれるなら、な」
 小さく笑えば、鴆も満足げに目を細めた。物騒な笑みが口元に浮かんだかと思うと、リクオの頭は抱き寄せられ、深く口付けられる。
 夜明けにはまだ、時間があった。

                                            (12.10.21.)

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