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 そのまま、後退るようにして鴆の部屋の前を離れる。どうやって帰ったのかはよく覚えていなかった。
 覚えているのは、艶やかに啼いた想い人の姿だけだ。
 掠れた声は甘く切なげで、恋人に翻弄される姿は淫らがましく、そして艶美この上なかった。
 自分の知るリクオは、奴良組の三代目としての顔だけだったのだと思うと、どうしようもなく胸がざわめく。心ならずも眸にしてしまった情事は、皮肉なことに猩影の想いを募らせただけだった。
 後ろめたさに苛まれながら、手が自身へと伸びるのを抑えられない。
 想い人をこの手に抱けたらとの願望が、どうしようもなく膨らんでいく。
「……若、」
 呟けば、野蛮な衝動が腹の底から身をもたげた。
 ただ守り、陰ながら力になりたいとだけ念じていた想い人を、どうして今、ひどく泣かせてしまいたいと思うのだろうか。
 細い身体を力の限り抱きしめて、この腕に縋らせたい。
 あの綺麗な顔が涙で汚れるほど、白い膚を翻弄したい。
 自分の名を呼ばせ、声が嗄れるまで喘がせたい。
 リクオと鴆の仲に気付いたときから、自分の想いが報われることはないとわかっていた。だからこれは、ただの夢だ。
「若、」
 組み敷いたリクオの上から呼べば、何も知らないあの人は、驚いて眸を瞠るだろう。
「猩影?」
「オレは、……ずっと、あんたンことが、」
 決して口にはしないと誓ったはずの言葉。
 みっともなく掠れた告白にリクオは瞬き、ややあって少し困った顔で笑う。
「……ありがとうな、猩影。お前の気持ちは嬉しいぜ。だが、」
「鴆の兄貴とのことは知ってまさぁ。けど、オレは」
 皆までは言わせず、リクオの口を塞ぐよう口付ける。抗って逃れようとするリクオを抑え込み、猩影は舌を差し入れた。
 無理矢理舌を絡め、口腔を嬲る。拒む相手を許さず、舌を吸い、歯列をなぞった。柔らかで熱い膚を感じれば、それだけで身の内の欲情が激しく疼く。
 猩影がリクオを離したときには、二人とも息を乱していた。
「おめえ……っ、こんな、真似して」
 怒りと困惑に頬を紅潮させ、リクオが猩影を睨み付ける。
「すぐにこの手ェどけろ。今なら許してやる」
「若、」
 猩影は、リクオを見下ろして自嘲の笑みを浮かべた。
「許してもらおうなんて、そんな虫のいいこと思ってやしねぇ。ただどうしても、」
 それぞれに押さえ付けていたリクオの両手を頭上で一纏めにし、片手で押さえ込む。はっと息を呑んだリクオを見つめたまま、空いた手で乱暴に帯を解き、着物の前をはだけさせた。
「あんたを抱きてぇんだ。一度だけでも」
 白い膚に掌を滑らせると、リクオは身体を強張らせた。罪悪感を無視して、猩影は胸の粒へと指を這わせる。
「……っ……!」
 強く摘めば、リクオは不自由な体勢にもかかわらず身を捩り、猩影の腕から逃れようと暴れた。
「若っ」
 下半身から抑え込んで、猩影はリクオの腿へと身を乗り上げた。両脚の自由を奪い、抵抗を封じる。
「若、暴れないで下せぇ。手荒な真似はしたくねぇんだ」
「そんなこと言うくれぇなら、今すぐオレの上からどきやがれ!」
 威勢はいいものの、狼狽を隠し切れない相手に、猩影は抑え込む力を強くした。
「猩影……っ、」
 どこか懇願するようなリクオの声が耳を打つ。
「なあ、やめてくれ。……オレはお前を、失いたくねぇ」
「……若は、優しすぎまさぁ」
 眸を合わせて小さく笑えば、絶望的な表情がリクオの顔に浮かんだ。
「猩影、」
「オレぁもう、あんたのことしか考えられねぇ」
 はっきりと意志を持って、リクオの胸から腰へと手を滑らせる。脚の付け根から下腹をまさぐれば、リクオは瞼をぎゅっと閉じた。
「若、」
 耳元で囁くと、拒むように眉が寄る。
「優しくする……から。どうか怖がらねぇで、」
 乞う気持ちで、猩影は耳へと舌を這わせた。びくりと震えた想い人を宥めるよう、優しく耳朶を唇に含み、尖らせた舌で耳の中をくすぐった。
「……やめろ、」
 四肢で押さえつけていたリクオの身体から、少しずつ力が抜けていく。単純な力比べであれば、リクオが猩影に勝てるはずはなかった。
 呟いた声に、もう激しさはない。どこか泣きそうな響きに、猩影の心も痛む。
 それでも、やめるつもりはなかった。
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