◆無粋で恐縮ながら、注意書き
・25巻番外編①の二次です。①は先生が描いてるから公式は公式なんですが、いろいろ思うところあって（主に鴆の成長してなさっぷりについて）、個人的には二次くらいに思いたい。ので、二次の二次です。
・鴆夜ですが、猩夜、獺夜描写有り。（２以降にて）
・鴆が頭おかしい。
・猩影が不憫。
・若が頭弱い。
大丈夫な方はどうぞ↓
「……って言われちまってさ。烏天狗のヤツ、ますます口煩くなってねェか？」
「確かにな。けど、どうせ話そこそこに逃げ出してきたんだろ」
うんざりした口調で文句を言いながらも、リクオはひどく楽しげだった。本家では見たことのない寛いだ表情に、猩影はつい見とれてしまう。からかうように鴆が言葉を返せば、悪戯っぽい笑みが口元に浮かんだ。それが自分に向けられたものでなくとも、心臓が跳ねるのには十分だった。
「でなけりゃ、ここにはいねぇだろうが。大事な約束、破る訳にはいかねぇだろ。なあ猩影？」
「……えっ、……はい？」
咄嗟に反応できず、間抜けな声をあげてしまう。
「……なんだ、ぼうっとして。まさか酔った訳じゃねぇだろ？」
「酔っちゃいませんけど。ちょっと、」
「？」
問うように首を傾げたリクオに、猩影は言葉を詰まらせた。
酔いで上気したリクオの頬は、桜色に染まっていた。切れ長の瞳が潤んで、真っ直ぐ猩影を見つめている。調った顔立ちは普段冷たい印象を与えるほどだが、常に彼がまとっている研ぎ澄まされた空気がなくなってみれば、ただただ艶っぽかった。どこか甘えるような雰囲気すらあるのは、酔いのせいか、それとも。
酒席を共にしたことは何度もある。けれどこんなリクオを見るのは初めてで、猩影は狼狽したまま視線を逸らした。
「……ちょっと、摘むもん持ってきますね。酒も要りますか？」
急いで立ち上がって、空いた瓶を掴む。瞬いて、リクオは視線を巡らせた。
「そうだな、じゃあ頼むか」
「悪ィな猩影。一応客なのに」
「一応って。……今更何言ってんすか」
苦笑を返せば、鴆は任せたというように手を振った。
暗い廊下に出て、猩影は大きく息を吐いた。本家は何時であろうと大勢の気配に充ちているが、ここ薬鴆堂は静まり返っている。薬師一派のものはいるはずだったが、あるいは人払いされているのかもしれない。今夜は三人だが、リクオ一人が客のとき、鴆が誰も部屋に近付けさせないのは確かだろう。
意識してしまうと、不意に頬が熱くなった。
初めて見た、自分の知らないリクオが目に焼き付いている。
酔いのせいではない、あんな顔を見せるのは鴆が隣にいるからだと思えば、腹の底が灼けるようだった。
絶対の主と頼りになる兄貴分は、二人ともが猩影にとってかけがえのない存在だ。二人の関係を知っても腑に落ちこそすれ、妬心を持つことすらおこがましいと本気で思う。けれど一方で、狂おしいほどのリクオへの恋情はそう簡単には捨てきれなかった。しかも、鴆はおそらくそんな猩影の気持ちを全部わかっている。
「……っ……かっこ悪ィ……」
この集まりに誘ってくれたとき、鴆の様子は少しおかしかった、と思う。
リクオと飲むから今夜来ねェかと言われたのは、今日の昼間、本家でのことだ。一瞬邪魔をしていいのかと逡巡したものの、誘いには抗えず頷いた。鴆はどこか安堵したように笑って、リクオの面倒はお前に任せたからな、と言ったのだ。
封を切っていない一升瓶を掴んで、猩影は廊下を引き返した。
単に文字通りの意味かもしれない。少し前にリクオが本家で悪酔いしたのはすっかり語りぐさだ。
けれど、何故かそうとは思えなかった。
鴆の意図はわからない。ただ、似たようなことを言われたのはこれが初めてではなかった。あのときのやりとりを思い出すと、苦いものが胸に込み上げる。
思い切り、怒鳴りつけてやったのに。
何故。
考えに気をとられていた猩影は、部屋の内の様子に気付くのが遅れた。
襖を開け、目に飛び込んできたのは、押し倒されたリクオと、彼に覆い被さる鴆だった。呆然とした猩影は、踏み込むことはことはもちろん、退くこともできずに二人を見つめてしまう。
「……っ……んっ……」
口付けられて、小さく喘ぐリクオは猩影に気付いていないらしい。一瞬だけ視線をよこした鴆は、悪びれる様子もなく再びリクオへと唇を重ねた。その間にも鴆の手はリクオの胸元へと差し入れられ、大きく襟を乱している。
リクオの腕が、ねだるように鴆の首筋へと絡みついた。
「鴆……、もっと……」
息を弾ませながら、口付けの合間にリクオが甘く訴える。皆まで言わせず鴆は相手の口を塞ぎ、リクオの囁きは鼻にかかった吐息に取って代わられた。
「……リクオ、様、……」
呟いてから我に返って、猩影は唇を噛む。
見るべきではないとわかっていた。自分にできるのは、この場を立ち去ることだけだ。なのに、組み伏せられたリクオから目が離せない。瞼を落としたリクオは陶然とした表情で、鴆にされるがままだった。
「猩影、来いよ」
身を起こした鴆に、見透かすように呼ばれた。
「突っ立ってねぇで襖閉めろ」
信じられない思いで、言われるまま後ろ手に襖を閉める。一歩踏み出し、けれどそれ以上近付くことはできず、その場で膝をついた。
鴆は振り向きもしない。乱暴にも見える手つきでリクオの前をはだけると、胸元へと顔を伏せた。
「……鴆……、……ぁっ……」
いつもとはまるで違う、上擦ったリクオの声に耳を擽られる。身体の芯が灼けつくのを自覚して、猩影は喉を上下させた。
「リクオ、」
低く囁きながら、鴆が啄むような愛撫を散らしていく。胸元から下腹へと唇を滑らす鴆に応じるよう、リクオは身じろいで背中を撓らせた。
「な、あ……っ、……鴆、っ……」
かろうじて着物を留めていたリクオの帯を解き、鴆は下帯に手を掛けた。熱を溜めたリクオに骨張った指が絡めば、堪えきれない吐息がリクオの唇から零れ落ちる。
慣れた様子で、鴆はリクオの熱を煽っていく。
心許なげに、リクオの指が相手の髪をまさぐった。焦れるように腰を戦慄かせるリクオに、鴆はゆっくりと愛撫を施す。緩く、柔く、半端な刺激を与えられ続け、リクオの表情が歪む。
切なげに眉を寄せ、薄く唇を開いたその顔は、この上なく扇情的だ。立てた膝を震わせ、浅い呼吸を繰り返して、リクオはねだるように背を撓らせた。
「欲しいのか、リクオ？」
からかう声音で、鴆が囁く。
「野暮なこと、……聞く、なよ……っ」
押し殺した返答には隠しようもない情欲が滲む。
「ふうん……、素直じゃねぇか」
「……鴆……っ、ざけてねぇ……で……」
乱暴に鴆の頭を引き寄せ、リクオから唇を合わせた。かき抱いて口付けを与え、甘い喘ぎを聞かせる。
思わず声をあげそうになって、猩影は唇を噛みしめた。
戻ってきた猩影にまるで気付いていないリクオは、ひどく酩酊しているようだ。あたかも、本家の宴で悪酔いしたあの夜のように。
瞬いて、猩影は知らず腰を浮かせ、絡み合う二人の姿を見つめた。甘
い淫らな物言いに、鴆しか見えていないらしいその様子。気付いてしまえば、すぐ腑に落ちる。
「……鴆の兄貴、あんた、リクオ様に妖殺しを飲ませたんですかい？」
呟きは掠れ、けれど鴆の耳には届いたはずだった。答えのないのが、何よりの答えなのだろう。
おそらく、鴆はもとより隠す気などないのだ。
「……今日は随分、逸るじゃねえか」
誰に聞かせようというのか、鴆が戯れを口にする。
何故、自分が此処にいるのかわからないまま、猩影は拳を握りしめた。
膝裏に手を差し入れた鴆が、リクオの身体を折るようにしてその腰を上げさせる。顔を背けたいのに、猩影は空を掻くリクオの爪先から目が離せなかった。
「……ぁあっ……っん……」
憚ることのない嬌声と共に脚が揺れ、リクオの身体が跳ねた。覆い被さる鴆が腰を突き入れる。
「……ぜ、んっ……ぁんっ……はぁっ、っ……」
「……リクオ……っ」
剥き出しの白い脚が、縋るように鴆の腰へと絡みついた。緩やかだった鴆の動きは次第に容赦のないものになって、リクオを揺すりあげる。上擦って途切れる嬌声は悦を濃くして、荒い吐息と混じり合うように部屋を埋めた。
想い人の痴態に猩影は苛まれ、けれど痛みは欲情を妨げるものではなかった。
「……ぁっ……鴆……っ」
名前を呼んで、リクオが大きく戦慄く。小さく呻いて動きを止めた鴆は、そのままリクオの上へと倒れ込んだ。
ことの余韻を残す二人分の吐息を聞かされながら、灼け付く熱を抑え込もうと猩影は必死だった。
何故、という疑問符だけが頭のなかで渦を巻く。
何故。
リクオのこんな姿を。
見たくなど、なかったのに。
耳に残る嬌声が、垣間見た白い膚が、身体を火照らせる。
抑え込むと決めた感情なのに、欲情は呆気なく身を充たした。
顔を背けた視界の隅で、鴆が身を起こす。
「猩影」
笑みを含んだ声に呼ばれた。何故、とまた胸の内で繰り返して、目をきつく閉じる。
妖殺しを口にしたのは、リクオの意思ではないだろう。他の酒に混ぜたのか、それとも。
自分の前でことに及んだ仕方といい、らしくない鴆の振る舞いに剣呑な予感だけが膨らんでいく。
「まさか、そんなとこで見てるだけのつもりじゃねえだろう？」
「……鴆の兄貴、」
「こっち向けよ、猩影」
拒むつもりで言葉を返せば、厳しいと言ってもいい声音で呼ばれ、猩影は観念して鴆へと顔を向けた。
「我慢もそろそろ限界じゃねえか？」
物騒な顔で笑った鴆は、乱れた着物のまま、リクオの傍らに身を起こしていた。伸ばした手は、横たわったままのリクオの髪を弄んでいる。
「リクオのことは、」
言葉を切った鴆が、わずかに顔を傾けて主を見る。
愛おしそうな、同時に何かを堪えるような表情には覚えがあって、猩影は続く言葉を予感した。
「……お前に頼みたいって言ったろ」
向き直った鴆は、けれどもうあの日の彼ではなく、今さっきの不穏な笑みを浮かべていた。
リクオに向かって顎をしゃくられれば、それ以上は言わずもがなだ。
怒りと戸惑い、そして間違えようのない欲情が、猩影の中で弾けた。
（13.07.08.）
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