「リクオ、手ェ放せ」
 抱き抱えたリクオをそっと下ろし、鴆は自分の首に回された手を軽く叩いた。畳んだ夜具に凭せかけたリクオの横に、自分も腰を下ろす。申し訳程度に羽織らせた着物を肩から落とし、軽く口付けた。
「鴆……」
 すがるように触れてくるリクオを抱き寄せ、猩影に視線を遣る。躊躇いを残したまま、それでも猩影は襖を閉めると二人の前に膝をついた。
「リクオ、まだ足んねぇだろ?」
 低い囁きは問いではなく、ただの戯れだ。
 覗き込んだ瞳は既に常の色ではなく、情欲に蕩けている。妖殺しがリクオの身体にどう作用するのかわからないが、酒に酔ったというよりは、まるで催淫剤を施されたようだった。
「もっと、よくしてやるからな」
 羞じらうように目を伏せたリクオを、鴆は背中から抱くようにして自身の前に座らせた。
 指を絡め、腕の自由を封じながら、肩越しに口付けを散らす。唇、瞼、頬、そして耳朶を咥えてやると、リクオは身じろぎとともにくぐもった吐息を漏らした。
 そんな呼吸一つすら鴆を煽るのには十分で、腹の底が灼ける感覚を味わう。振り向こうとする相手を許さず、そのまま耳朶を舌先で嬲れば、腕の中の身体がひくりと跳ねた。
「……っ……ぁんっ……」
 敏感すぎる自らを厭うように、リクオがゆるゆると首を振る。一方的な愛撫がもどかしいのか、無意識に先をねだる仕草はひどく扇情的だ。湧き上がる衝動を辛うじて抑え、鴆は猩影へと視線を向けた。
「いつまでそうしてるつもりだ?」
 リクオの顔を食い入るように見つめていた猩影が、ハッと顔を上げる。
 脚同士を絡ませ、無防備なリクオの身体を大きく開かせれば、一瞬その表情が強張った。
「……猩影?」
 低い声で再度促され、猩影はリクオを見つめたまま喉を上下させた。隠す努力を放棄した欲情が、乞うような目の中に揺れている。
 それ以上見ているのは堪えられず、鴆は目の前の白い首筋へと顔を埋めた。胸を覆う冷たい痛みから逃れるよう、甘い汗の匂いがする膚に歯を立てる。
 後悔するだろうとわかっていた。
 リクオにも、猩影にも、酷いことをしている自覚はあった。
 自身亡き後のリクオを頼むといいながら、こんな騙し討ちのようなことをするのは、ただ己の為の逃げだ。
 けれどそこまでわかっていてなお、きっと幾度でも自分はこの道を選んでしまう。
 自分のいない何時か、リクオがこうして抱かれることに比べれば、目の前の痛みはまだマシな気がした。
「やっ……猩影……?」
 猩影の掌が、リクオの脚に触れるのがわかった。鴆に凭れていたリクオの身体が強張り、退こうとする。抗おうとするリクオの両脚を開かせ、猩影はその下腹へと覆い被さった。
「若、」
 呼んだ声は、欲望に掠れていた。
「……なんで……、やめ、っ……」
 酔いのため意識していなかった猩影の存在に、初めて気付いたのだろう。リクオが狼狽した声をあげる。けれど意を決めたのか、猩影は構わずリクオの中心へと顔を伏せた。自身を口に含まれ、リクオの膝が戦慄く。
「……おいっ……や、……鴆っ……」
 悲鳴のような声を無視して、鴆はその膚を食んだ。腕の中でもがく身体は、酔いの為か抵抗らしい抵抗もできない。二人がかりで抑え込まれれば、されるがままに膚を晒した。
「……猩影に、よくしてもらえよ」
「……っん……や、ぁっ……」
 耳朶へと唇を滑らせ、宥めるようにしゃぶってやる。閉じようとする両膝をさらに開かされ、リクオは猩影の口淫にひくひくと腰を跳ねさせた。絡めた指に、きつく力が込められる。
「………ぁっ……っん……」
「……気持ちイイだろ?」
「……やっ、……ぁっ……」
 誘っているとしか思えない抵抗は、鴆の胸に仄暗い嗜虐心を呼んだ。
 大切に大切にしてきた幼馴染みの主。
 百鬼を統べる彼の閨での顔は、鴆だけのものだった。何も知らなかった彼にすべてを教え、すべてを与えた。
 それならば、と思う。
 すべてを奪うのも、きっと。
 爪先が引き攣れたように宙を掻き、リクオの悦を二人に伝える。猩影の唇がたてる濡れた音とリクオの切なげな喘ぎが混ざり合えば、劣情を煽られずにはいられない。
「……やっ……猩影っ……な……っ……ぁんっ……」 
「イかせてもらえよ、リクオ」 
「……あ……ん……っ、……や、だっ……」
 懸命に快感をやり過ごそうとする顔すら艶っぽい。拒もうとしながら、もう嬌声を堪えることもままならない。
 二人に四肢を捉えられ、無防備な格好で昂ぶらされた身体は、熱を溜めて苦しいのだろう。酩酊したリクオは常より淫らで、猩影の愛撫を堪える様は見る者の欲情を滾らせた。
 見惚れて、鴆は喉を上下させる。
 腕の中で、リクオが一瞬息を呑んだ。
「……ぁあっ……っ……」
 喘ぎが高くなったかと思うと、腕の中の身体が大きく震えた。
 放たれた精を、猩影が口で受け止め、余さず飲み下す。気をやったリクオはそれすら気付いていないように喘ぎ、胸を大きく上下させた。強張った膚からややあって力が抜け、弛緩したリクオの身体が鴆の胸へと凭れかかる。
 顔を上げた猩影は、昂奮した表情で唇を舐めた。欲情を色濃く湛えた眸は、とうにリクオしか見えていないのだろう。込み上げる苦みを堪えて、鴆はリクオの耳元へと唇を寄せた。
「ほら、リクオ?」
 昂ぶりに火照ったままのリクオを感じながら、その脚へと手を伸ばす。
 性急に追い上げられて達したリクオは、いまだ放心したままだ。そうと知りながら、鴆はその身体へと手を掛けた。
 下肢を浮かせてやれば、心得た猩影はもう躊躇わず、リクオの身体へと覆い被さった。
「……っ……や……ぁっ……」
 力の入らない身体を思い切り折り曲げられ、リクオが掠れた声をあげる。けれど意に介さない鴆の手によって膝を開かされ、猩影はその秘所へと己を宛がった。
「……ぁっ……しょ……」
 みなまで呼べず、リクオが声を呑む。
 ぎゅっと目を瞑ったその身体を、猩影は容赦なく貫いた。ひくりと跳ねた身体を、鴆は宥めるよう抱き締める。
「……若……、……っ……」
「……っ……ぁっ……」
 猩影の熱っぽい声が、間近で囁く。応じるように、乱れた吐息が耳を打った。
 二人に挟まれ、リクオの若い肢体は再び熱を凝らせていく。鴆の精に濡れた秘所は難なく猩影を迎え入れ、馴染もうとしていた。愛されることに馴れた身体は、悦を追うのに従順だ。
「……リクオ、力抜け」
 けれど、そんな自身すら拒むように、リクオの身体はぎこちない。猩影を受け入れながら何処か竦んだままのリクオを感じ、鴆は縛めていた手を解くと、そっと膚へと指を這わせた。
 硬く色付いた胸の粒を指先で捏ねてやれば、切なげに胸が上下する。口付けて舐ればどんなにかイイ声で啼くだろう。惜しみながらなおもきつく摘むと、むずかるように緩く首を振った。
「……ぜ、ん……、なん、で……っ……」
「なんだ? これじゃあ不満か?」
 思わせぶりに囁くと、鴆はリクオの中心へと指を伸ばした。胸の冷たいつかえは見て見ぬふりで、リクオのものへと指を絡める。
「……やっ……、鴆……ぜっ……」
 止めようとする声が途中から蕩け、舌足らずに鴆を呼ぶ。乞うようにも聞こえる訴えに、鴆は優しく愛撫を返した。
 本人よりもリクオの身体のことは知っている。熱を煽るようまさぐれば、腕の中の身体はすぐに跳ねた。溢れる蜜ごとその中心を扱くうち、最後の頑なさがほどけていく。
 リクオは、もう猩影に揺さぶられるままの身体を鴆に預けた。
「……っ……ぜ、ん……、あ……っん……」
「……若、っ……」
 閉じた瞼の縁から涙を零し、譫言のようにリクオが啼く。露わな嫉妬を見せて、猩影が乱暴に身体を突き入れる。
「……っあっ……っや……んっ……猩え……っ……」
 リクオの身体が、鴆の上でびくびくと跳ねる。もう羞恥も飛んでしまったのか、浅い呼吸の合間に、意味をなさない声があがる。
「若っ……、若……っ……」
 猩影は一心に抜き差しを繰り返し、容赦なくリクオを責め立てた。二人がかりで自身も秘所をも嬲られ、リクオの口からは嬌声が零れ続ける。
「……やぁっ……っぁん……ぁ……っ」
 艶めいた声を心地よく聞きながら、鴆は掌に触れる熱を楽しんだ。育ちきったそれからは、主と同じく涙が溢れ続けている。絶頂の一歩手前に留まるよう、ゆるゆると弄び、その表情を堪能する。
「……ぁ……っあぁ……っぜ……」
 泣き出す声音で首を振った相手を覗き込み、鴆は人の悪い笑みを浮かべた。  猩影の猛りに穿たれながら鴆の指に犯され、リクオの喘ぎは上擦っていく。揺さぶられるまま昂ぶる身体はさぞかし美味だろう。
 張り合うような二人からの愛撫に翻弄され、蕩けた表情を晒すリクオは、見たことのない淫らさだ。百鬼の主にこんな痴態を強いる昂奮に、もっと無体を仕掛けたくなる。
「……リクオ、」
 鴆は頭を傾げ、リクオへと口付けた。果てが間近の身体を感じながら、思い切り舌を吸う。
「……若……っ……」
 奪うように、ひときわ強く猩影がリクオを突き上げた。腕の中の身体が、大きく戦慄く。
「………あっ……っ……ぁあ……」
 零れてくる喘ぎを奪うよう、合わせた唇を貪った。猩影が短く呻く声が聞こえ、リクオの身体が脈打つように跳ねた。
「……はぁっ……っ……ぁ……」
 細く、悲鳴に近い声を上げて、リクオが精を吐いた。自身と鴆の指とを白濁で汚し、ひくひくと身体を震わせる。
 薄く開いたままの唇が訴えるように動き、けれどもう声にならない。猩影と繋がったまま脱力した身体は、ただ荒い息に胸を上下させるだけだ。
 自分の腕の中で、猩影の吐精を受けて達したリクオに、鴆は灼け付くような渇きを覚えた。
「若、」
 溜息のように、猩影が呼ぶ。
 瞼を震わせたリクオのこめかみに、鴆は唇を押し当てた。
「……リクオ、」
 額に浮かぶ汗を、零れた涙を、優しく舐めとる。
 もっとめちゃにめちゃに泣かせてやりたい。
 もっとリクオを、何もわからないくらいに泣かせたい。
 そして。
 強い衝動が、鴆の胸を突き上げた。
 
                                         (13.08.13.)


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