「だから、お前は此処に何しに来たんだ一体?」
「あぁ? お前と呑みに来たって言ってんだろ? わざわざ酒まで持参して、オレのとっときのヤツ、お前さっきから呑んでるじゃねぇか」
 何度目かにはぐらかされ、鴆は手にした盃の中身をぐっとあおった。
「おうおう、いい呑みっぷりだ。やっぱそうこねェとな」
 上機嫌で酒を注ぐのは、獺祭――清浄に際してリクオの呼びかけに応えた一人だ。葵螺旋城での戦いの後、地元に帰ったはずだったが、ふらりとやってきたかと思うとそのまま断りもせず上がり込み、長年の馴染みのように寛いでいる。
 幸か不幸か、今日は訪れる患者もいない。日の落ちる前から薬鴆堂は酒宴の場となっていた。
「それで、」
 ぐいっと、座布団ごとにじり寄ってきた獺祭が、期待に満ちた視線をよこす。
「そろそろ、あの別嬪さんをどうやって落としたのか、聞かせてもらおうじゃねェか」
「はぁ?」
 藪から棒に言われて、思わず酒を吹きそうになった。
「ごまかすなよ。いい仲なんだろ、あの綺麗な大将と」
「なっ……何でお前がンなこと……」
「知ってるさ。いいよなぁリクオ、あんな別嬪の上、度胸も気っ風も申し分なしときたもんだ。惚れ惚れするような啖呵切りやがるし、ったく奴良組の奴らも幸せモンだぜ。……なぁいいだろ、聞かせろよ?」
 何を思い出しているのか、だらしなく頬を緩ませた相手に苛立ちが湧いて、鴆は音を立てて盃を置いた。
「生憎と、己の色恋吹聴するような野暮な真似、し慣れてねェんでな。そういう肴が欲しけりゃ他所を当たんな」
「まあまあ、恋人褒められたくらいでそうカリカリすんなよ。相手がアレじゃあ、ンなこと日常茶飯事だろうが」
「お前は目付きが邪なんだよ」
「いいじゃねェか、減るモンじゃなし」
「減る!」
 にやにやする相手に大人げなく声を荒らげてしまったが、獺祭は何処吹く風だ。
「決まった相手がいねェなら、もうちょいお近付きにと思ったけどな。まぁオレは、向こうさえよけりゃ、相手がいようが構わねぇんだが、そういうとこ、あいつはカタそうだしなぁ」
「はっ、リクオはお前なんか鼻もひっかけねぇよ」
 言葉を選ぶのも馬鹿馬鹿しくなってきて、鴆は遠慮なく毒づいた。
「そう、其処なんだよ!」
 急に真面目な顔になったかと思うと、獺祭は身を乗り出してきて、心ならずも鴆は気押された格好になる。
「あんな別嬪、それこそ星の数ほど口説かれたろうに、よくモノにできたなお前」
「……喧嘩売ってんのか?」
 ゆらりと畏を立ち上らせれば、真面目な顔のまま首を振られた。
「褒めてんだろーが。なあいいだろ、話くらい。どんだけの恋敵蹴落としていい仲になったよ、果報者め?」
 言い募る獺祭を無視して、瓶から酒を注ぎ足す。やけのように相手の盃にも注いでやれば、獺祭はにやりと目配せをよこして盃をとった。
「リクオのことは、あいつがちっせえ頃からよく知ってんだよ」
 それでもつい口を開いてしまったのは酒のせいか、それとも今朝見た夢のせいか。
「あいつは半分以上人間だし、ナリだって変わっちまうし……中身は同じだけどよ。それで悩んでた時期もオレは知ってるから……、なんか、自然な流れっつーかな、」
 酒で喉を湿らせ、鴆は手元の盃に視線を落とした。
「あいつもオレのこと慕ってくれてて……、今じゃ立派な大将だが、成人してから大して日が経ってるわけでもねぇし、……あいつはオレしか知らねぇんだよ」
「……何だよ、」
 どこか不満そうな声に顔を上げると、獺祭に半眼で睨まれる。
「要するにただの成り行きってことか?」
「違ェよ!」

                                                                          (12.08.11.発行『花も嵐も』より)

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