リクオの夢を見ていた。
 跳ねるように肩を揺らして、鴆は瞬いた。目が覚めた途端、あれほど確かだった世界は雲散霧消してしまう。けれど、そこにリクオがいたことだけは間違えようがなかった。
 夢の残滓は、眩しいような、胸を締め付けられるような心地で、一瞬、自分が今何処にいるのかわからなくなる。馴染んだ文机、馴染んだ部屋にもかかわらず見知らぬ場所に放り出されたような錯覚に陥って、乱暴に顔を擦った。意識がはっきりしてくれば、調べ物の途中でうたた寝をしてしまったのだと状況を理解する。
 床についた方がいいとわかっていながら、寝付ける気分になれず、未練がましく書き付けを広げていた。割り切ったつもりでいても、久方ぶりに血を吐いてみれば、どうしようもなく動揺する自分がいた。
 庭の気配は、半ば予期していたものだ。だから目が覚めたのかと思いつつ、床につかなかったのは、何処かで彼を待っていたからだと今更腑に落ちる。
 傷は治りきっていないのだから大人しくしていろと言っているのに、もとより、聞くリクオではない。だからきっと、今夜は自分を訪ねてくるだろうと思っていた。
「鴆、」
 庭先で躊躇うのかと思ったリクオは、いつも通りに広縁側から部屋へと上がり込んできた。昼間のことなどなかったように、傍らに膝を着くと、鴆を覗き込んで悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……締まらねぇ面してんじゃねえか。寝てたな?」
「ああ、いい陽気になってきたから気持ちよくてな」
「まだ夜は冷えるから、さっさと布団で寝ろって言ったのお前じゃねぇかよ」
「お前が病み上がりだからだろうが。ちっと込み入ったもん読んでたら、うとうとしちまっただけだよ」
「オレはもうとっくに本調子だって、言ってるじゃねぇか」
 そのまま鴆の肩に寄りかかり、リクオは文机へと身を乗り出した。達筆な墨跡に顔をしかめ、触れるのを憚ったのか、指一本で書面をめくる。
「随分と年季の入ったもん読んでんな。眠っちまうのも無理ねぇか」
「そう言われんのも微妙だな。お前には見慣れねぇだろうが、オレにとっちゃ、いつもの仕事だ」
 肩に身を預けられ、恋人の体温に鼓動が跳ねた。強いて軽口を叩いたものの、振り向けばごく間近にリクオの顔はあって、鴆は思わず目を瞠る。
「……なあ、」
 不意に笑みを消して、リクオが低く囁く。
「オレのこと、待っててくれたんだろ?」
 冷たい指先が、鴆の頬に触れた。
 誘いを孕んで見つめられれば、見惚れることしかできない。答えるまでもなく、鴆はリクオへと手を伸ばしていた。
 冷えた身体を抱き寄せ、唇を重ねる。
 触れて、あやすようになぞり、従順に綻んだ狭間から舌を差し入れた。恋人の体温を感じながら舌と舌とを擦り合わせ、絡め、吐息を奪う。
 自分から誘ったくせに、リクオはどこか躊躇うようだった。理由は容易に察しが付いて、鴆は構うことなく口付けを繰り返す。反射的に退こうとする身体を許さず、幾度も舌を吸った。微かに漏らされた喘ぎに煽られ、うんときつく抱き締める。
「……リクオ、……」
「……んっ……ぅん……っ……」
 深い口付けを施されるうち、硬かったリクオの身体も蕩けていく。縋るように鴆の首を抱き、夢中で口付けに応えるリクオは、もう息も乱れっぱなしだ。
「来いよ、リクオ。……そう、」
 昂ぶりのまま、恋人を胡座の上に抱き上げ、両手で頬を包んでやる。濡れた唇を薄く開いたリクオはひどく淫らで、鴆は思わず喉を上下させた。
 隠そうとする躊躇いが、熱っぽい瞳に見え隠れして揺れる。真っ直ぐに向けられる情に、身体の芯が熱くなった。
 このまま組み敷き、何も考えられなくなるまで啼かせてやりたい。心配する余裕など奪い去って、正気を失うまで乱れさせたい。
 けれど鴆は理性を総動員し、見下ろすリクオの唇に触れるだけの口付けを落とした。ゆっくりと顔を離し、恋人の髪をかき上げてやる。
 本人が言う本調子とはいかずとも、ほぼ快復したのは確かだろう。けれどまだ、身体を重ねるつもりは鴆にはない。触れてしまえば、抑え込んでいた欲情はリクオに無理を強いてしまうだろう。愛しい相手との久方ぶりの褥であれば、きっと自分も我を忘れる。
 もの問いたげな相手に笑って頷き、鴆はその胸元に額を押し当てた。背中に手を回し、抱き竦める。常より速いリクオの鼓動が伝わって、思わず口元を緩めた。昂ぶっているのは自分も同じだ。このまま抱けたら、と腕の力を強くする。
 リクオには昼間、出先で不調を見咎められている。鴆がリクオの体調を慮るのと同じように、リクオも鴆を気遣っているのだ。互いに相手を思い、身体を重ねるのを憚って、その鼓動だけを感じている。
「鴆、」
 リクオの手が、ゆっくりと鴆の背を撫でた。
「……今夜は泊めろよ。いいだろ?」
 明るい声に虚を突かれて顔を上げれば、たった今見せた躊躇いは消え、からかうような笑みを浮かべたリクオと目が合う。
「昔は遊んだあと、そのまま互いの家に泊まったよなあ。昼間あんな話したもんだから、ちっと懐かしくなっちまった」
「そうだったな。よくあんな悪ガキ三人、まとめて面倒みてくれたもんだと思うぜ」
「まったくだ。ほら、いいだろ?」
 立ち上がると、リクオは鴆の手を取って急かすように立たせた。のべていた夜具に潜り込む相手に促されるまま、鴆もその傍らに横になる。
 枕元だけを残して明かりを落とせば、夜の気配に押し包まれた。薬鴆堂の外では、春の風が木々の梢を揺らしている。
「……そういやリクオはめちゃくちゃ寝相悪かったよな。朝起きたら、いつも全然違うとこに寝てただろ。いつの間に直った?」
「そうかぁ? 子どもの頃ってそういうもんだろ」
 とぼけてみせたリクオに苦笑して、その身体を抱き寄せた。素直に身を寄せたリクオが、鴆の背へと腕をまわす。
 じゃれつくように、鴆の胸元へ顔が押し当てられた。鼻先にリクオの匂いを感じれば下腹が疼かないはずはなかったが、堪えてその髪を撫でてやる。
 背にまわされたリクオの手が、鴆の着物を握り締めているのがわかる。まるで幼子のような仕草に、鴆も思わずリクオの頭を強く抱いた。
「……ほんとに、もう大丈夫なんだぜ、オレは。お前がわざわざ付き添うことねぇし」
 呟いた恋人の表情は見えない。
 けれど、リクオが恋人の前でだけ見せる顔があることを、鴆はもう知っている。何気ない口調に、鴆への情が込められていることも。
「それを決めるのは薬師のオレだろうが」
「お前絶対大袈裟に言うじゃねぇか」
「ったく、薬師一派の長に向かって何言ってやがる。お前が無茶なんだよ、そもそも」
 乱暴に髪をかきまわしてやれば、しかめた顔を上げたリクオが鴆を睨む。口をへの字に曲げた無防備な表情に、つい口元を緩めてしまう。
「オレが平気だって言ってンだから、いいだろうが」
「それが危なっかしいって言うんだ。……それに今日は、もともとオレだって行くつもりだったんだよ。猩影の親父さんだ、オレも挨拶しときたかった」
 笑いながらもきっぱり言うと、リクオも納得したように頷いた。
「なら、いいけどよ。ただでさえ、今度の戦いの後、無茶してんのはお前の方なんだぜ。あちこち動き回って、怪我人の手当てして……」
「実際負傷した奴らに比べりゃ、このぐれぇ何てことは、」
「莫迦言うな。無茶に変わりはねぇだろうが。……心配ぐらい、させろ。オレにも」
 顔を伏せたリクオの声はくぐもって、二人の狭間、夜具の中へ溶けてしまう。それでも確かに恋人の呟きを受け取って、鴆は腕に抱いた背をあやすように叩いた。
「……そうだな。……許せよ」
「わかりゃいいんだよ」
 無造作に応じながら、リクオの手はまた、鴆の着物を握り締めていた。その手をとり、さらに深く自身の背にまわさせる。
「それに、……お互い今のうちに体力溜めとかねぇと、」
 促されるまま鴆を抱き締めたリクオが、思い出したように笑いを滲ませた。
「近いうちにやるっていう宴会で、身が保たないぜ?」
「ああ、お前の快気祝いか。回状来てたな」
「口実はなんでもいいんだよ。幾日やるつもりなのか、えらい大騒ぎで準備してるから、覚悟した方がいいぜ」
「楽しみじゃねえか」
 望むところだ、と耳元に囁いてやれば、顔を上げたリクオは思い切り眉を寄せてみせた。
「あのじいさんたちの騒ぎっぷりを見てねぇからそんなこと言えんだよ、お前は」
「リクオが名実ともに総大将の働きをした、その打ち上げの祝いじゃねえか。派手にやらねぇでどうすんだ」
「言ったな? ……お前、最後まで付き合えよ。幾夜続くか、ほんとにわかんねぇぞ」
 苦笑気味に言うと、リクオは再び夜具に潜り込み、鴆の胸元へ頬を擦り付けるようにして目を閉じた。
 鴆の腕の中で、安心したかのようにリクオの身体から力が抜ける。ほどなく、規則正しい寝息から、眠ってしまったと知れた。
 恋人の体温を感じながら、もう少し、このまま眠らずにいたいと鴆は思う。
 リクオが望むなら、幾夜だろうと幾年だろうと側にいる。それでも、この年この日のこの時は、今だけのものだ。
 そして今なら、リクオのすべては鴆一人のものだった。
 外では、風が強く吹いている。
 鴆は静かに、恋人の髪へと口付けた。

   ◆

「それにしても、全然覚えてねェんだよな」
 独り言のようにリクオが呟いたのは、夕餉を終え、夕餉の膳に付いてきた銚子も空にした後のことだった。
 昨夜、酒に酔ったリクオが暴れたため、宴が開かれていた大広間は見るも無惨な有様となっている。毛倡妓たちが甲斐甲斐しく働いたおかげで最低限の片付けは済んだものの、夜の姿に変じたリクオは、氷麗から「今夜は鴆様の部屋から出ないで下さいね」と追い立てられ、部屋には二人分の夕餉が運ばれてきた。鴆まで禁足を喰らったのは完全なとばっちりだが、リクオと一緒なら否やがあるはずもない。
 鴆が本家滞在時に宛がわれているのは、広い屋敷内でもいちばん上等な客間だ。奥まった場所に位置する部屋に大広間の喧噪は届かず、連日の宴の後ではかえって気楽とも言えた。鴆も宴は好きな方だが、こう連日では、いい加減リクオと二人で過ごす時間が欲しかった。
「お前が正気じゃねぇのは、一目見りゃあ、わかったけどよ、」
 追加の酒をもらってくるかと訊かれ、鴆は首を振った。呑みたいというなら止める気はなかったが、そういう訳でもないらしく、リクオはぼんやりと盃を弄んでいる。
「それにしたって、お前が酔っぱらうなんざぁ珍しいじゃねぇか」
「……記憶がねぇのなんて、初めてだぜ」
 不本意そうに顔をしかめたリクオに、鴆も思わず苦笑を浮かべた。
「っとに毎晩宴会、つか皆、朝から呑んでるからな。さすがに呑み疲れてお前も酔いが回ったんだろ」
「……そんなんじゃねぇよ。……鴆はずっとその場にいたんだろ?」
「……ああ。まあな」
 平静を装って頷けば、リクオはふいっと視線を逸らした。
 今朝は側近連中はじめ、気の置けない面子から散々己の乱行を責められたリクオだ。夜の姿に変じてからもそれは一くさり繰り返されて、記憶はなくとも、自分のしたことは嫌と言うほどわかっているはずだった。
「気にすんな、リクオ。酔った弾みの間違いは誰にでもあるんだからよ」
 これ以上気まずい思いをさせるのも忍びず、努めて何気ない口調で鴆は言葉を続けた。
「何呑んだって涼しい顔のお前があんなふうに酔うなんてな。ちっとはかわいらしいとこあるじゃねえか」
 振り返ったリクオに、慰めるつもりで笑ってみせる。
「ま、これに懲りて、あんまり己を過信すんなってことだ。酒の席じゃあ、お前なんか逆に何されっかわかんねぇし、」
「……なんで、」
 押し殺した声に、遮られた。整った顔が険しい目付きで自分を睨んでいるのに気付き、鴆は言葉を切る。
「……なんで笑ってんだよ、お前は」
「……リクオ?」
「鴆は平気なのかよ。オレが、……あんな、」
 鴆を真っ直ぐに見据えたまま、リクオは唇を噛んだ。苛立ちと困惑に上気した顔はひどく綺麗で、見惚れてしまいそうになる。やり場のない憤りが不意に溢れて、本人も戸惑うように見えた。
「……あんなに節操なく口説きまくって、か?」
 言いかけただろう科白を引き取ってやれば、リクオの顔が一瞬歪む。
「平気な訳ねぇだろうが。けど言ったろ、酔っぱらって正体なくしたヤツを責める趣味はねえよ」
「……けど、」
 珍しく歯切れ悪く、リクオが言い淀んだ。
「何だ、リクオ」
「……オレはお前が、そんなふうに平気な顔してんのがヤなんだよ」
 悔しげに顔をしかめながらも、リクオが懸命に声を荒らげないようにしているのがわかる。
「鴆はいつだって、そうやってなんでも飲み込んじまうじゃねぇか。嫌だとか辛いとか苦しいとか、全部。けど、そうじゃなくて、」
 リクオが、どこか痛むような表情で鴆を見る。
「そういうの含めてお前の全部、オレは欲しいんだよ」
 瞬きもせずに見つめてくる眸に、躊躇いはない。
 ただ切実な想いをそこに認めて、鴆は胸の奥に熱が灯るのを感じた。
「……とっくに、オレはリクオのもんだけどな。まだ足りねぇのか、お前は」
 わざとからかう口調で返してやれば、リクオも表情を緩め、笑って頷いた。
「足りねぇな。自分だけ悟ったような顔してんじゃねえよ」
「そんなら、」
 笑みを深くして、鴆は立ち上がった。
「お望み通り、好きにさせてもらうぜ?」

 夜具へとリクオを促した鴆は、仰向けに寝かせた恋人に覆い被さった。
 葵螺旋状での戦い以来、鴆はリクオを抱いていない。傷が完全に治るまではと、身体を気遣っていたのはもちろんだが、体調の戻ったリクオは何かと忙しく、二人で会える時間はなかなかとれなかった。
 人目を盗んで交わす口付けや、わずかな暇の抱擁も、甘やかに気持ちを充たしてはくれる。それでも、連夜の宴でリクオを遠目に眺めるうち、彼を抱きたいとの渇望は日増しに耐え難くなっていた。
 ようやく腕の中に抱き取った恋人を、目を細めて見下ろす。見あげてくるリクオは、少しぎこちない笑みを浮かべた。
 ゆっくりと唇を重ねれば、リクオの腕が鴆の首筋へとまわされる。啄むような口付けを繰り返しながら、鴆の手はリクオの着物をはだけていった。
 一時は命も危ういほどの重傷を負ったリクオだが、今は治りかけの傷跡が所々に散るのみだ。引き攣れた傷跡は痛々しいものの、白い膚に刻まれた薄紅色のそれは妙に艶めかしく、組み敷けばそれだけで下腹が熱くなる。
「……明かり、消せって、」
 言いかけた唇を、幾度目かの口付けで黙らせる。
「こんな時間に、不自然じゃねぇか」
 そのつもりはないと言下に告げれば、リクオが困惑したように目を逸らす。羞恥に戸惑う様すら鴆の思惑通りだとは、リクオはまったく気付いていない。
 宵の口の今、それは嘘ではないものの、久方ぶりに抱く恋人の表情を余さず見たいというのが本音だった。
 脇腹に残る、一際大きな傷跡に唇を押し当てる。尖らせた舌でその跡を辿りながら、片手は胸から脇腹をゆっくりと撫でた。滑らかな膚の感触を楽しむうち、落ち着かなげだったリクオからも強張りが消えていく。
 脇腹から腰骨、恥骨へと撫で下ろされた掌は、そのままリクオ自身へと指を絡めた。やんわりと握ったそれを扱けば、リクオが思わずくぐもった呻きを漏らす。
「どうした、リクオ?」
 傷跡をきつく吸って、鴆が顔を上げる。
「傷が痛むか?」
 わざと尋ねれば、リクオが羞恥を覚えるのはわかっている。中心に添えられた手は、手遊びのように気まぐれに動くだけだ。それでも昂ぶる気持ちのままにリクオのものは兆して、熱の在処を露わにする。
「……莫ッ迦……」
 羞じらうように身じろいだ恋人に満足して、鴆はリクオ自身を口に含んだ。
「……ぁっ……っ……」
 裏返った喘ぎが零れるのと、リクオの身体が跳ねるのは同時だった。逃れようとするかのように、リクオの足が夜具を蹴る。膝を立てた足を両手で開かせ、もっと深くリクオのものを咥え込む。
 舌を這わせ、歯を立てないよう気を付けながら、口腔全体を使って愛撫した。唇で食むように扱いてやれば、熱塊は脈打ってその存在を増していく。
「……ぁ……鴆っ……」
 ひくり、と膚を震わせて、余裕のない声が呼ぶ。このまますぐにイかせてやりたかったが、今夜はどうしても恋人のその表情を目にしたかった。
 あの戦いの中、リクオを永遠に失うかもしれないと、まったく思わなかったと言えば嘘になる。だからこそ、こうして互いの膚を重ねることができた今、リクオのすべてを確かめたい。
「……リクオ、……もうちっと、いいよな?」
 リクオの顔がよく見える位置まで身体をずらし、囁く。
 息を弾ませたリクオは頷いたものの、何のことか理解していないだろう。昂奮に目元を染めた表情はこの上なく扇情的で、鴆の欲情がどくりと膨れ上がる。
「よくして、やるからな」
 思いのほか掠れた声に、内心苦笑する。久しぶりの交情に余裕をなくしているのは、自分も同じだ。
 腰を押し当て、とうに硬くなった自身をリクオのそれに擦り付ける。掌を添わせ、熱を持った互いをまとめて扱けば、あまりの快感に意識が飛びそうになった。
「……ぁんっ……鴆っ……っく……」
「……リクオ、……いいぜ……」
 目を伏せたリクオが、堪えきれずに腰を揺らす。呑み込みきれない喘ぎが耳を甘く擽って、鴆は絡めた指を強くした。
 滲み出た蜜が指を濡らし、互いを濡らし、上下させるたびに卑猥な水音をたてる。強弱をつけてなおも追い立てれば、呼吸を乱したリクオが息を呑んだ。
「……ぁ……は、っ……」
 ぎゅっと目を閉じた顔が、婀娜っぽく歪む。
 悦に震えた身体が、鴆の膚へと吐精した。
「……リクオ……」
 組み敷いた身体から、ゆっくりと力が抜けていく。ゆるゆると愛撫を続けてやり、白濁を最後まで吐き出させた。
「……鴆、」
 身を横たえたリクオが、手を伸ばす。首筋を引き寄せられ、じゃれつくように頬擦りをされた。耳朶を甘噛みされ、互いのそこかしこに口付けを散らすうち、気が付けば身を起こしたリクオに押し倒されていた。
「リクオ?」
 見下ろしたリクオと目が合ったのは一瞬、すぐにリクオは身を屈め、鴆の下腹へと顔を埋めた。
「……おい、……っ……」
 鴆のものはまだ、熱を溜めたままだ。リクオが触れただけで、喩えようのない疼きが身の内に生じる。
「……んっ……」
 鴆のものに口付けたリクオは、丁寧に唇を使った。
 思わず肘をついて上体を起こせば、その様子の淫らさに目が離せない。熱く、濡れた口の中で飴玉のようにしゃぶられ、腰が揺れそうになる。リクオの舌に愛撫されていると思っただけで、全身の血が沸いた。
「リクオ、」
 手を伸ばして、その髪に触れる。さらに深く咥え込まれて、痺れるような悦が打ち寄せた。
 些細なことで羞じらう一方、こんな大胆さも見せつける。それらすべて、自分への情だと思えば、幸福感に胸が締め付けられた。
 這わされた舌が蠢くたび、わだかまる熱も膨れ上がる。柔らかな口の粘膜にきつく吸われ、背骨を駆け上がった快感はもうぎりぎりだった。
「……リクオ、もういい。それより、」
 上体を起こし、リクオの顔を上げさせる。
 濡れた唇が息を乱して、昂ぶりを教えた。熱に潤んだ眸が鴆を捉え、欲情を訴える。凶暴な衝動を抑え込み、かろうじて、鴆は笑ってみせた。
「お前のこと、くれよ?」
 頷いたリクオを促して、自分を跨ぐように座らせた。脱ぎ捨てた着物をたぐり寄せ、袂から香油の容器を取り出す。
「……きつくねぇか?」
 自分から膝立ちになったリクオを見上げれば、くすりと笑みが返る。
「野暮なこと訊くなよ。オレだって、ずっとお前とこうしたかったんだぜ」
「……嬉しいこと、言ってくれるじゃねぇか」
 言いながら、鴆の指はそっと秘所へと触れた。案の定、指先に探られただけで、リクオの身体はひくりと緊張する。
「けど、オレがどれだけお前に焦がれてたか、お前の比じゃあねえだろうよ」
 片手でその背を撫ぜながら、香油を纏った指はリクオの秘奥をまさぐった。優しくしてやりたかったが、鴆もそれほど余裕はない。やはり身体がきついのか、リクオは鴆の首に縋り付いたままだ。
「……なんでンなこと、言えんだよ……」
 抜き差しをするうち、少しずつ花筒も解れてくる。柔らかく絡みつく襞をかき混ぜてやれば、リクオは小さく腰を跳ねさせた。
 従順なその反応に悦を覚え、増やした指で秘奥を玩弄する。縋ってくる腕に力が込められ、耳元に微かな喘ぎが落ちた。
「……あっ……ぁんっ……」
「なんでも何も、毎晩宴会の間中、お前のこと見てたんだよ、オレは」
「……っあ……、……ぁあ、ぁんっ……」
 一際奥を探った途端、リクオの身体ががくりと揺れる。続けて同じ箇所をまさぐれば、痙攣したように戦慄いた。
「……は、あっ……鴆っ……」
 嬌声を止められず、喘ぐように呼ばれた。指を引き抜き、鴆はリクオの背を優しく撫で上げる。
「リクオ、……ほら、」
 両手で腰骨を支え、リクオの腰をゆっくりと引き下ろす。締め付けのきつさに息を止めそうになりながら、余さず自身を呑み込ませる。
「……ぁっ……んっ……」
 鴆に身の内を貫かれ、リクオが切なげに喘ぐ。
 擦れ合う膚は熱くて、どこまでが互いなのか曖昧になった。蕩けるほどの快感が下腹から身体中へ溢れ出し、まだ足りないとけしかける。
「昨日だけじゃねえ。その前だってずっと、オレはお前の周りの皆に妬いてたようなもんだ」
「……鴆……ぁっ……」
 突き上げれば、リクオは鴆の上で背を撓らせた。
 恋人の痴態を目の当たりにし、貪欲な猛りが迫り上がる。
「三代目のお前はオレのもんじゃねえってわかってる。けど時折、お前はオレのもんだって周り中に見せつけたくなっちまう」
 揺すり上げるよう、さらに深くリクオを穿つ。
 リクオがいちばん感じるところを探って、腰を回した。
「……っ……鴆、……」
「お前に言えるような、キレイなもんじゃねえんだよ、ほんとは」
「そんな、ん、……オレだって、……鴆……」
 仰け反ったリクオの喉が、真白く鴆を誘う。
 鴆が最奥を突けば、リクオの腰も堪えきれないよう振れる。
「今のオレは、全部お前のもんだ。……だから……」
 ねだるように自ら腰を揺らして、リクオは鴆へと縋った。
 穿ったリクオの中も熱く熟れ切って、とても正気ではいられない。
「……リクオ、……リクオっ……」
 気付けばめちゃくちゃにリクオを突き上げていた。
 腕の中のリクオが、大きく震える。
 身体の芯で眩い熱が弾け、迸ったのを感じた。
「……あっ……っ……」
 力を失ったリクオの身体が、ひくりと跳ねる。自分の欲情を受け止め、それすら感じてくれたのかと思えば愛しさが募った。
「リクオ、」
 首に縋ったままの恋人に、低く囁く。
「顔、上げてくれよ。お前の顔が見てぇんだ」
 のろのろと顔を上げたリクオは放心して見えたが、ややあって鴆と目が合うと、照れたような笑みを浮かべた。
「なんだよ、わざわざ。いつも通りのツラだろうが」
「ンな訳あるか。今はオレの、だろ?」
「……莫ァ迦」
 顔を背けたリクオの耳が、赤い。
 思わず抱き締めれば、素直に身体を預けてくる。
「まだ、足りねぇだろ?」
 笑みを含んだ声で、鴆は囁いた。強引に振り向かせると、苦笑したリクオが額を額とを軽くぶつけ合わせる。
「足りねぇよ。……まだ全然、だろ」
「……言うじゃねぇか」
 笑みを交わして、どちらからともなく唇を合わせた。
 まだ、春の夜は長い。
                              (13.03.17.)

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