五月の夜は、他のどの季節より草木の匂いが濃密だ。今日のように雨が降る日は尚更だった。細く開けた窓からは、湿った土の匂いと日ごとに芽吹く若葉の気配、そして微かに甘いスイカズラの香りが流れ込む。
組み敷いた姿勢で眼差しを交わすと、相手は眸を細め、艶めいた笑みで誘った。着物をはだけ胸元に口付ければ、熱のこもった吐息が耳を打つ。
「……んっ……、鴆……」
リクオの声は既に濡れて、どんな花の香より甘く鴆をくすぐった。ほのかに色付いた胸の粒を口に含み、もっと声を聞きたいと強く吸う。
「……ぁんっ……、あ、ぁっ……」
「……リクオ、」
身じろぎとともにリクオは蕩けた声を聞かせ、鴆の首へとまわした腕に力が込もった。その反応に満足して、鴆は掌を滑らせ、もう片方の胸の飾りも摘むように擦ってやる。
「んっ……、……ふ……ぁ……っん、……」
「我慢すんなよ。……声、聞かせてくれ」
汗で湿ったリクオの膚は滑らかに掌を受け止め、ただ触れるだけで煽られた。抱き合った途端、愛しい相手の体温に我を忘れるのは常のことだが、今夜はもっと違う衝動が鴆を突き上げる。あるいは、ひどく生々しい新緑の息吹が、己の身体までを昂ぶらせているのかもしれない。
「鴆……、……あっ、……ぜ、っ、……」
舌で丁寧に舐れば、胸の粒は艶やかに染まって更なる愛撫を欲しがった。誘われるまま舌先を使い、リクオがいちばん感じるように責めてやる。きつく咥えると、敏い身体は腰を跳ねさせ、鴆へと縋った。素直な反応に、身の内が灼けつくような欲情を覚える。
何も知らなかった情人に、愛され方と愛し方とを教えたのは自分だ。リクオは羞じらいながらも率直に鴆を求めて、互いを繋ぎ、感じ合うことに躊躇などしなかった。今も欲情を隠すことなく、鴆を欲しいと全身で訴えている。その真っ直ぐさが堪らなく愛しい。けれど。
「なあ、鴆……、っ、……今日は、……あっ……ん、何、か……」
僅かに戸惑いを滲ませて、リクオが鴆を呼ぶ。皆まで言えずに息を呑んだのは、鴆の指がひときわ強く胸の飾りを捏ねたからだ。朱く勃ち上がったそれがひどく感じやすいことを知っていて、鴆はなおも愛撫の手指を緩めない。リクオは快感を堪えるよう緩く首を振り、言いかけた問いはそのまま吐息の中へと溶けてしまう。
リクオが言いたいことはわかっていた。いつもより意地の悪い真似をしている自覚はある。もっと強い刺激が欲しいだろうに、緩い快感に翻弄されるばかりでは、身体は焦れるだけだろう。ただ今夜は、どうしようもなくリクオが我を忘れるさまが見たかった。
舌と指先とで両の胸先を可愛がってやれば、鴆に馴らされた膚は感じるほどに敏感になって、戦慄きを抑えられない。浅い呼吸に喘ぎが混じり始め、リクオの昂ぶりが顕わとなる。鴆の頭をかき抱く強さは、そのまま、愛撫をねだる訴えだった。
「……な、あっ……、っ……、鴆っ……!」
感じながらも、もどかしさに堪えかねたのだろうリクオが、今度は強く鴆の名を呼ぶ。上擦ったその声に応えるよう、鴆は舌先の熟れた果実に本能のまま歯を立てた。
「……ぁあっ……っ」
リクオの喉から、声にならない喘ぎが零れる。立てられた膝が鴆の身体を挟んで、縋るように震えた。
「……リクオ、」
与えた痛みを宥めるように、今度は優しく口に含む。舌先で飴玉をしゃぶるよう幾度も転がし、最後は名残惜しげに濡れた音を聞かせた。
身を起こして見下ろすと、頬を紅潮させた情人は真っ直ぐに鴆を睨んできた。けれど、薄く涙が滲んだ切れ長の瞳も、呼吸が調わないまま薄く開いた唇も、本人を裏切って艶めかしさを添えるばかりだ。そんな表情が逆に鴆を煽るなど、リクオはまったく気付いていないのだろう。
「……お前、……っ、何で、」
「何だよリクオ?」
からかう調子で笑ってやれば、目元はますます朱く染まる。中途半端にはだけた着物を白い膚にまとわりつかせてそんな顔をされたら、歯止めがきかなくなる一方だ。
「何が訊きてえのか、言ってくんなきゃわかんねえぜ?」
「……!」
眸を瞠ったリクオに軽口を返しながらも、掌はゆっくりとその膚を撫でていく。胸元から脇腹、腰へと身体の輪郭を確かめるように滑らせ、焦れる表情を楽しんだ。脚の付け根を親指で強くなぞってやれば、リクオがはっきりと息を呑む。
「……っ、……」
「どうしたリクオ? ここがイイのか?」
もう一度、もっと思わせぶりに同じ箇所を撫ぜる。
「……莫っ迦……、何で、っ……」
掠れた声で悪態をついて、リクオは覗き込む鴆から顔を背ける。あげた両腕を交差させ、顔を覆われてしまうが、今リクオがどんな表情をしているか、わからないはずはない。
わかっているから、どうしてもこちらを向かせたかった。
「なあ、リクオ、」
三代目となるリクオの力になれればと、それだけを願っていた歳月もあった。自身の想いは決して誰にも悟らせまいと心に決めていた。それもそう遠い昔のことではないのに、今は貪欲になる一方の自分を抑えることができない。
リクオの腕へと手を掛け、顔の両脇へと縫い止める。身体を屈め、眦の涙を舌で拭った。
「感じてんだろ? 顔、見せてくれよ」
己の劣情を厭うよう唇を噛んだ横顔も十分美しい。けれど見たいのは、鴆を感じて身も世もなく乱れるリクオだ。今や押しも押されもせぬ三代目となったリクオは、閨の自分の前でだけ、いつもの強気も涼しげな余裕も手放した。鴆の情を欲しがり、鴆の欲を受け入れ、互いの身体が蕩けるまま飽かず相手を求める情事の時だけ、リクオは三代目の顔を脱ぎ捨てる。
「リクオ、……なあ、」
諦めずねだると、折れるのはたいていリクオの方だ。結局は素直な情人は、憮然として鴆を見上げた。
「……お前、……意地、悪ィぞ……」
「オレが、か?」
口の端を上げてみせれば、悔しげに顔をしかめられる。もどかしさを堪えたままのリクオはそうした表情もかわいらしいだけで、鴆は笑みを噛み殺すのに苦労した。
「そんなこと言われるなんざぁ、心外だな」
片眉をあげて、済ました口調を紡ぐ。
「いつだって、オレは優しいじゃねえか?」
捕らえていた手を離し、掌をリクオの胸へと置く。視線は合わせたまま掌を滑らせ、そのまま下腹へと触れた。
「……あ……っ、……」
零れた声に笑みを浮かべれば、リクオは羞じるように瞼を落としてしまう。ただ、引き結ばれていた唇が何かを求めるよう綻んで、そのまま浅く息を継いだ。
「なあリクオ、そうだろう?」
既に勃ち上がり蜜を溢れさせているそれを、緩く緩く扱く。濡れた指で撫ぜただけの刺激にもかかわらず、リクオのものは待ちかねたように熱を凝らせた。自由になった腕がためらいがちに伸ばされ、鴆の短い髪へと指を埋める。
「……あっ……、ぜ、んっ……、」
リクオの腰が、愛撫をねだるように揺れた。
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