胸の飾りを紅く尖らせ、鴆を呑み込みきれずに眉を寄せるリクオは淫らにすぎて、痛いほどの昂奮を鴆は懸命に押し殺した。
 揺すり上げたくなる衝動を堪え、自身を押し包むリクオの熱を味わう。視線の先で上下する胸は既に乱れた呼吸が露わで、ほどなく零される嬌声を思って、鴆も大きく息を吐いた。
 誰よりも大切なリクオを、けれど今夜は気を失うまで啼かせたい。鴆のために啼き、鴆の与える悦に表情をゆがませ、それでもまだ足りないと自ら乱れるリクオを抱き締めたい。
「……んっ……」
 息の多い声が耳をくすぐり、全身を撫で上げる。
「……ぁ……鴆……、」
 鴆を根本まで咥え込み、切なげにリクオは名前を呼んだ。
「リクオ、」
 視線を捉えて目を細めれば、一瞬竦んだリクオの喉が上下する。
「……来いよ?」
 軽く突き上げて、ただ促す。
「おめぇがいちばん感じるように、……ほら、」
 揺すってやれば、声もなく喘ぐ様から目が離せない。ねだるように動きを合わせてきたリクオに、けれどそれ以上の刺激は与えない。
「……鴆、……」
 所在なさげに呼ばれても、返すのは笑みだけだ。
「できるだろう? お前から、」
 腰骨に指をかけ、視線で問う。あらぬ方へ俯いたリクオは、堪えきれない様子で腰を揺らめかせた。
「そう、……いいぜ、」
 言われるままに下半身を動かすリクオは、何処かぎこちない。けれど、ためらいながらも最奥へ鴆を誘うようゆっくりと腰を回す様は、ひどく艶めかしかった。
「……ん……っ、……鴆っ……」
 初心な仕草は、しどけなくすら見える。
 常の強気も、慣れない行為に鳴りを潜めるらしい。鋒を迎え入れ、名残惜し気にまた身を離して、リクオは無心に悦を追う。眉を顰めたのは、自らたてた淫靡な水音を厭うためか、それとも。
「……ん、っ……、リクオ、……まだ、だろ?……」
「……ぁあっ……ん……っ……」
 不慣れな行為も繰り返せば身に馴染み、リクオは次第に我を忘れていく。昂ぶりに身を浸し、淫らに腰を振るリクオを見上げて、鴆は満足げな笑みを浮かべた。
 理性を手放し、後先を忘れさせたいと、今夜は決めていた。
 愛されることに慣れた身体は従順だ。悦楽が羞恥を組み伏せれば、若い欲情は待ちかねたように渇えを訴える。
 憚らず腰を揺らして、リクオは鴆を欲しがった。
「……はぁ……っん、……あぁ……っ……」
 いつのまにか声から戸惑いが消え、得も言われぬ艶が取って代わっている。薄く開いた唇からは間断なく嬌声が溢れ、零れ落ちた。繋がる膚の擦れ合う音が、濡れた響きで劣情を煽る。
「熱くて、堪んねぇ……なぁリクオ、」
 掠れた声で呼ぶと、リクオの顔が上がる。真っ直ぐに鴆を見つめた眸は熱に潤んで、その身の抱える欲情が露わに知れた。
「まだ足りねぇ……だろう? 疼いてンのは知ってるぜ……?」
「な……っ、……や、あぁっ……っ」
「……イイ顔、してんじゃねぇか……」
 腰骨を掴んで深く抉れば、不意の刺激にリクオの背が撓る。続けて突き上げ、乱れた呼吸をさらに絶え絶えに追い込んでいく。
「……ぁあっ……、ぁんっ……」
 白い喉を見せ、仰け反った身体が大きく戦慄く。
「遠慮しねぇでいいんだぜ?」
「……はぁっ……ンな……、ぁあんっ、……」
 夢中で腰を動かして、リクオが喘ぐ。
 喩えようのない快感が身の内を焦がし、鴆の果ても近い。
「……や、あぁっ……鴆っ……、ぁんっ……」
 過ぎた快感に身を震わせ、リクオが声を上擦らせる。切なさの増した吐息の中、譫言のように名を呼ばれて、身体中の血が沸き立った。
「……リクオ……っ、」
「……鴆……っ、ぁあっ……ぜ、んっ……」
 堪らず、鴆は激しくリクオを突き上げた。
 揺さぶられるまま身体を捩り、リクオが天を仰ぐ。腰を掴んで打ち合わせ、一際深く貫いて、リクオを飛沫かせた。同時に強く締め付けられ、鴆もまた、リクオの内へと熱い飛沫を散らす。
 脈打つように自らを吐き出して、リクオが鴆の上へとくずおれる。
 一旦身体を離し、鴆はリクオの背へと腕を回した。横になり、そのまま情人を抱き締める。
 互いの呼吸はまだ荒い。
 汗に濡れた膚を合わせ、無言で息の調うのを待った。
 静かに窺えば、固く瞼を閉じたリクオはどこか儚げで、鴆の胸をとめどない愛しさが覆う。
 雨が、降っていた。
 乱れた呼吸が穏やかなものとなり、薬鴆堂を取り囲む木々の、葉擦れの音が耳に戻ってくる。
 柔らかな風が、咽せるような若葉の匂いを伴って鼻先を掠めていった。
 今だけ、すべてを忘れて自分に縋って欲しいと思う。
 ひとたび立てば、リクオは百鬼を従える唯一人の存在だ。共に在り、支えることはできても、共に並ぶことは叶わない。
 それでも、どうか今だけは。
 何もかもを手放して、ただ、自分にその身を預けて欲しい。
 この、腕の中で。
「リクオ、」
「……何だ、鴆」
 腕の中で、少しぶっきらぼうな声が言葉を返す。
 瞼を上げ、何処か照れたように唇を引き結んだリクオを見つめ、鴆は小さく笑んで口付けを落とした。

                                    (11.09.12.了)




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