「……ぁん……っ」
 堪え損ねた喘ぎとともに、肩のよい眉が顰められる。
 朝の光の中で、白く透き通った膚を紅潮させたリクオはますます美しく、瞼を落とした表情は抗いようもなく艶っぽい。
 腹の底が大きく脈打って、鴆は喉を上下させた。
 夜の中でしか会えない情人を初めて陽の下で抱けば、胸を覆うのはとめどない愛しさと、ごまかしようのない独占欲だ。
「……リクオ、」
 触れていた手を離して、名前を呼ぶ。
 呼吸を乱したままのリクオが、触れそうな近さで視線を上げた。戸惑う表情に笑みを返し、鴆は軽々とその身体を立ち上がらせた。
「……鴆?」
 もう膝に力が入らず、リクオが小さくよろける。波が立って、跳ねた水音が響いた。支えながら、鴆はリクオの下腹に顔を寄せる。
「おいっ、……鴆……っ、」
 狼狽する声に満足し、リクオ自身へと口付ける。
「……っ、」
 身を引こうとするのを許さず、相手の腰に手を回してさらに引き寄せた。
 我ながら始末が悪い、と鴆は胸の内で独りごちる。
 誰も知らない顔を見たくて、わざとリクオが恥じらう仕打ちをしてしまう。
 今もきっと、朱を刷いた頬にさらに血を上らせ、百鬼の主らしからぬ、途方に暮れた表情をしているのだろう。想うだけで鴆の口の端は笑みを刻んで、愛撫も念の入ったものになった。
 リクオの欲望を口に含み、舌先で丁寧に舐る。
 湯につかっていた身体からは滴が零れ、陽を受けて光を弾いたが、鴆の舌が受けるのはリクオ自身の甘露だ。
「……やっ、……やめろ、って……、……鴆っ、」
 そんな声を出されたら、やめられるはずなどない。懇願する声を頭上に聞いて、鴆はリクオのものをさらに深く咥えた。
「鴆っ……」
 きつく、リクオの指が鴆の肩へと縋る。
 立っているのも辛いのだろう、置かれた手には重みがかけられて、鴆の支えがなければ湯の中にくずおれてしまいそうだ。
 蜜を吸うよう、咥えたものを舐りながら、鴆は視線を上に上げた。俯くリクオと目が合えば、堪える表情は恥じらいを露わに背けられる。
 その様がますます鴆を煽るのだと、リクオはまったくわかっていない。
 普段のすました様子からは想像できない、鴆だけが知るリクオは、危ういほどに艶めかしい。その表情をもっと見たいが為、愛撫はいつも歯止めがきかなくなった。
「……リクオ、」
 遠野勢とリクオの絆は特別で、目の前で気の置けないやりとりをされれば、胸の何処かがかすかに軋む。狭量に過ぎる嫉妬だと恥じてはいても、自分でもどうしようもないのだ。
 そんな気持ちも、けれどリクオのこの顔を前にして、湯に溶けるように消えていく。
 我ながら単純なものだと、鴆はこっそり苦笑した。
 今以上にリクオを独占したいなど、自分はどこまで欲が深いのか。
 己の主で奴良組三代目たるリクオを諦めようと思った日もあったのに、共に過ごすほど想いは強まって、もう以前には戻れない。
「いいぜリクオ、……イけよ?」
 ぎりぎりに張り詰めた熱へと舌を這わせれば、小さな喘ぎが従順に零れ落ちる。耳をくすぐるそれを心地よく聞きながら、鴆は絡めた舌で強く先を扱いた。
「……っ、……やっ……」
 堪え切れず身じろいで、リクオは鴆を振り向くとはっきりと頭を振った。
「……や、……めっ……、鴆っ……」
 喘ぎながら、リクオは真っ直ぐ鴆を見つめる。
「こんな、ん……、ぁっ……ん……っ……」
 虚を突かれた鴆の頭をやんわりと押し戻し、リクオはもう立っていられない様子でくずおれる。
 鴆の膝へと跨った格好の相手を見つめれば、少し怒った顔に睨まれた。唇を薄く開き、荒い息をしながら、リクオは鴆の中心へと手を伸ばす。
「っ、リクオ……、」
 とうに勃ち上がっていた自身に指を絡められ、鴆は息を呑んだ。そのままリクオは腰を浮かすと、自ら鴆の鋒へと身を落とす。
「……おめぇ、も……っ、……ぁんっ……っ」
 声にならない吐息を吐いて、リクオはきつく目を瞑った。
 いつものように馴らしていない花蕾は頑なだ。鴆も苦しいが、リクオの負担はそれ以上だろう。
「リクオ、……無理すんな」
「……っ……ぁっ……、……一緒、に……っ」
 伸ばされた腕が、鴆の首にまわされる。
 切れ切れに吐かれた言葉は、最上の媚薬だ。
 甘えるように額と額とが触れ合わされて、熱い吐息が近い。
 堪らず、鴆は性急に唇を奪った。
「……んっ……っ……」
 触れた唇は誘うように綻んで、いっそう鴆をけしかける。舌を絡め、互いのそれを擦り合わせれば、鴆を抱くリクオの腕も強くなった。
 触れる熱さに、最後の箍が外れる。
 鴆はリクオの腰へ手をかけ、一息にその身を沈ませた。
「……ぁあ……ぁんっ……」
 唇にも秘奥にも蹂躙を受け、リクオがひときわ上擦った声をあげる。
 身を浸す湯よりももっと熱いリクオの内を感じて、凝った熱が大きく脈を打つ。
「……かわいらしい……こと、……言ってくれるじゃ、ねぇか……っ」
 遠慮なく突き上げれば、白い喉が仰け反った。
 背中を撓らせ、嬌声を堪えきれないリクオに、正気でなどいられない。
 貫いた細い身体を深く引き寄せ、もっと啼かせたいと腰を打ちつけた。
 「……っ……はぁっ……ぁん、……鴆っ」
 責めるままに返される喘ぎが、全身を火照らせる。
 譫言のように鴆の名を呼ぶリクオも、もう果ては近い。
「リクオ……っ」
 もう声は返らず、ただ、リクオが頬を擦り付けるよう、首に縋る。
 締め付けられる感覚に、鴆は欲情をリクオの最奥へと迸らせた。
 ふるり、と触れる膚が戦慄いて、リクオも達したことを告げる。
 背へと腕をまわして優しく抱き締めれば、同じように抱き竦められた。
「……リクオ、」
 呼んで顔を見ようとし、けれど首筋から離れないリクオに鴆は苦笑する。
「なあ、……いいじゃねえか。顔くらい見せろよ?」
「……うるせえぞ、鴆」
 幾分ふてくされた声が返って、今度こそ鴆は笑いを噛み殺せなかった。
「頼むからよ。のぼせてねぇのか心配だろうが」
「……今更何言ってやがる」
 低くくぐもった返事は、もちろん照れ隠し以外の何者でもない。
「なあ、リクオ、」
 無理に身体を引き剥がせば、ざばりと水音を立ててリクオは立ち上がった。
「部屋に戻る」
「おい?」
 鴆の止める間もなくリクオは湯船を横切ろうとし、次の瞬間には体勢を崩して湯に沈んだ。
「ったく、」
 派手な水音と共に膝を着いたリクオを抱き起こし、鴆は相手の顔を覗き込む。
「急に動こうとするからだ。……しばらくは大人しくしてろ」
 言い聞かされてリクオは口元を曲げたが、構わずその身体を抱き寄せた。
「……おい、」
「いいじゃねえか。おめえを、……もっと感じてぇんだよ」
 自身の足の間にリクオの身体を据え、背中から抱き締める。そうして、鴆は頭上の空を振り仰いだ。つられたように、リクオも空を見上げる。
 とんだ欲張りだ、と自嘲気味に鴆は思う。
 ただ想っていられるだけでいいとそう思っていたはずなのに。遠野勢にすら嫉妬を覚え、自分だけが知るリクオを確かめようとしてしまう。
 そして、そのたびに差し出されるリクオの気持ちに、いつも初めてのように狼狽える。
「……鴆、」
「なんだ?」
 振り向かず、リクオは緩く首を振った。
 温かな湯の中で、鴆はその身体を思い切り抱き締めた。

                           (11.11.01.)


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