薬鴆堂のある山中は、冬の訪れが早い。季節がよいうちは広縁で酒を酌み交わしていた二人も、最近は鴆の居室で呑むことが多くなった。
 廊下の足音にリクオが顔を上げれば、冷えた夜気と共に鴆が部屋へ入ってくる。
「寒いな。今夜は特に冷えやがる」
 隣に腰を下ろすと、鴆は酒瓶を取り上げ、その軽さに顔をしかめた。
「なんだ、酒取りに行ったんじゃなかったのか」
 こちらもとっくに盃を干したリクオが、怪訝そうな顔になる。てっきりそうだと思っていたが、鴆の手には文箱らしきものがあるだけだ。
「いや、それは……そうだっけな」
「何言ってんだおめぇは。何だ、それは?」
 上の空の返答に、リクオは軽く首を傾げた。文箱を指して尋ねても、鴆の耳に入っている様子はない。
「……なあ、リクオ、」
 どこか上擦った口調で、鴆がリクオを覗き込んだ。急に近くなった顔に鼓動が跳ねたが、何食わぬ顔でリクオは鴆を見つめ返す。
 既に、互いの身体を重ねた夜は数え切れない。気持ちを確かめ合ったその日から、夜を共に過ごすほどに相手のことが恋しくなった。
 閨で見せる表情は三代目でも貸元でもない互いだけのもので、日々の合間を縫って逢瀬を重ねた。離れていれば会いたい触れたいと願う気持ちが胸を覆い、会えればすぐに抱きしめたくて胸の奥が疼いた。
 だから今も、そのまま鴆が触れてくるものとリクオは思ったのだが。
「新しい、……治療の道具とやらを買ってみたんだが、」
「……ああ?」
 突然何の話かと瞬いたリクオに、鴆は口早に言葉を続けた。
「ちっと、使い方を確かめときてぇんだが、試させちゃあくれねぇかい?」
「治療道具?」
「……お、おう」
 慌てて頷いた相手に不自然さは感じたものの、リクオは素直に頷いた。
「どうすりゃいいんだ? オレでできることなら構わねぇぜ」
「そうか、ありがとな」
 安堵を見せて表情を緩めた鴆は、そのままリクオの項へと手をまわした。
「おい、鴆……」
 引き寄せられ、唇が重なる。
 今の話は何処へ行ったのかとリクオの頭に疑問符が点るが、鴆に舌を絡められれば、そんな余裕はすぐになくなった。
 濡れた舌が、リクオの口腔を遠慮なく蹂躙する。舌先を吸われ、舌の付け根を舐られれば、痺れるような快感がじわりと腹の底を灼く。
 口付けを繰り返しながら、ゆっくりと押し倒された。逃れようのない体勢で吐息を貪られ、鴆が顔を離してもリクオの息は乱れたままだ。仰向けのリクオを組み敷く格好で、天井を背にした鴆は楽しげな笑みを浮かべた。
「なんだ、もう感じちまったのか」
 そう言う手は着物の裾をかいくぐり、リクオの下腹を撫ぜている。布地越しとはいえ、熱くなった自身に指を這わされて、震えそうになる身体を懸命に堪えた。
「お前はどうなんだよ」
 言い返せば、鴆は二人きりの時にだけ見せる、人の悪い笑みを深くする。
「おめえとこうして、感じてねぇわけがねぇだろう?」
 頬を染めた情人に目を細めて、鴆の指は手早くリクオの着物をはだけた。思わせぶりに素膚を撫ぜられれば、愛撫に馴染んだ身体は期待に昂ぶり、リクオは堪らず身じろいでしまう。
 下帯も取り去られたリクオに覆い被さり、鴆は真白い膚へと口付けを落とした。耳朶を舐り、首筋へ舌を這わせ、鎖骨へと歯を立てる。その間にも掌は脇腹から腰を撫で下ろし、リクオの熱を上げていく。
 ゆっくりと高められ、小さく溜め息を吐けば、鴆の手に身体を裏返された。脱がされた着物の上、一糸纏わぬ姿で俯せになる。約束のように唇が翼の刻印へと触れ、そのまま口付けは焦らすように背骨を辿っていく。
「腰、あげろリクオ」
 羞恥を覚えながらも、リクオは言われた通りに四つ這いとなる。鴆の乾いた掌が腰骨を撫で、ぞくりと背筋が痺れた。
「足開け……もっとだ」
 視線を感じ、頬が熱くなる。それでも、低く囁かれるまま膝を開くと、鴆の指が待っていたように腿の内側を撫ぜた。震えそうになるのを堪える間もなく、濡れた感覚が花蕾に押し当てられる。
 期待と羞恥に、無意識に背が撓った。
 身体の芯に鈍い熱が点って、リクオは聞こえないよう溜め息を吐く。逃げを打ちそうになる身体を鴆の手は許さず、熱い舌が秘所へと差し込まれた。
 これからを先触れするもどかしさに、若い肢体は身じろぎを抑えられない。ねだるように腰が揺れて、鴆の笑みを誘う。
「……っ……鴆……、」
 呼ぶ声は縋るように響いて、リクオは唇を噛んだ。背後から愛撫を受けるのは、幾夜を共にしても慣れることができない。
「どうした? 待ちきれねぇか?」
 身を起こした気配と共に、鴆が嬉しげに囁く。背中へと頬擦りされたかと思うと、骨張った指が花蕾から入ってくる。
「……っ……」
 息を吐き、いつも言われる通り身体の力を抜いた。
 鴆の指が、やや性急にリクオの花筒をほぐしていく。ぐるりとかき回されて身は竦み、けれど宥めるように抜き差しされれば、その先が欲しいと身体の芯が焦れた。
 指を抜かれたのは唐突だった。体温の離れる気配に首を巡らせると、文箱を開けた鴆に思わせぶりな笑みを向けられる。
「じゃあリクオ、やらせてもらうぜ?」
「……?」
 何の話かと混乱し、数拍おいて先ほどの会話を思い出す。鴆の持つ奇妙な物体は、コードとスイッチらしきものに繋がっているものの何やら玩具のようで、何の為のものなのか、リクオにはまったくわからない。
「……それが?」
「ああ、検診に使うやつなんだが、」
 鴆は文箱の中の容器を器用に片手で開けている。掬い取られた液体が、玩具のようなそれに塗られていく。
「前、向いてろ」
 混乱したまま、リクオは言われるままに俯いた。
 すぐに、冷たいものが花蕾にそっと押し当てられる。
「……っ……」
 反射的に身体が竦んだ。
 鴆の手が秘所を拓くよう、双丘にかけられる。
 冷たい感触が、そのままリクオの内へと潜り込んできた。
「やっ……、……おいっ……」
 異物感が迫り上がる。身を裂く痛みに身体が軋む。逃れようとして許されず、リクオの身体は鴆の手にがっちりと引き留められていた。
「まだだぜ、リクオ、」
 興奮を滲ませた声と共に、秘奥を割り拓かれる痛みに襲われる。
 見せられた玩具で貫かれたのだと、リクオは唐突に理解した。
「鴆っ、……よせ……っ、」
 目にしたものが脳裏をよぎり、必死に抗う。
「ほら、暴れんな」
 けれど背中ごと抱かれれば抵抗は封じられ、無機質な異物は容赦なくリクオの花筒を犯した。
「……っ、くっ……」
 身体が、竦む。
 指先までが冷たくなって、ただ、逃れることしか考えられない。
「……鴆っ……、……気持ち、悪ィ……」
 痛みより嫌悪感に堪えられず、リクオは声を絞り出した。
「待てよ、リクオ。こうすれば、」
「……っ……!」
 あやすような鴆の声に続いて、埋め込まれた冷たい玩具がリクオの中で震え始める。
「どうだぃ、気持ちいいだろう?」
 からかう声音を聞きながら、リクオは不穏な疼きに息を呑んだ。
「やっ……何だよ、コレ……っ」
 鴆しか知らない、自身すら触れたことのない秘奥に異物を入れられる嫌悪感は拭いようがない。なのに、震えるそれに身体は勝手に反応し、再び昂ぶりだしていた。
「や、だっ……っ……、……ぜ、んっ……」
「どうした、リクオ?」
 楽しげな鴆の声に、嫌々をするようリクオは首を振った。逃れたくとも、波のように寄せる疼きが身体中を覆っていく。
 身を起こしていることすら、辛い。リクオは肘を折り、上半身は乱れた着物の上へとくずおれてしまう。
「……ぁっ……っ……」
「全部入ってるぜ。……感じるだろ……?」
 腰を支える鴆の手が、思わせぶりに足の付け根をなぞる。
 ただ無機質な刺激から逃れたい一心で、リクオは高く上げた腰をくねらせた。玩具を咥えた花蕾を晒す羞恥すら飛んで、不本意な快感をやり過ごそうと身体を捩る。溢れそうな嬌声を堪えるため、必死で唇を噛んだ。
 卑猥な道具を呑まされたまま、淫らに腰を振るリクオに、鴆は思わず唾を飲む。
「堪んねぇ、な……ほら、これ……こうするとどうだ……?」
 スイッチの立てる乾いた音が聞こえたのと、秘所の玩具が大きく震えたのは同時だった。
「ぁあああっ……」
 強すぎる刺激に、我慢していた声が堰を切って零れてしまう。
 柔らかな花筒は淫らに揺さぶられ、凶暴な快感が爪先から頭の天辺までを駆け抜けた。
 抗うリクオを嗤うよう、悦を溜めた身体はびくびくと戦慄く。
「鴆っ、こ、れ……っ」
 抗議の声をあげようとして皆まで言えず、リクオの声が上擦って掠れる。
「おかし……いっ……はぁっ……ん……」
 気持ちとは裏腹に、自身の熱は痛いほど凝っていく。
 鴆の手を振り切って、リクオは着物の上へ倒れ込んだ。横向きのまま、熱を逃そうと浅い呼吸を繰り返す。
 身の奥では、不規則な蠕動が続いている。
 不意を打つ玩具の動きは、その狙い通り、リクオの身体を容赦なく苛んだ。蠢く異物に意思と関係なく腰は揺れて、逃れようのない疼きが身体中を満たしていく。
「なんだ? 俺が直接触らなくてもリクオのここは可愛く尖っちまうのか?」
 いつもは鴆の愛撫を受けて固くなる胸の果実が、今はとうに色づき、つんと尖っている。覆い被さってきた鴆に目敏く見つけられ、摘まれればさらに固くなった。痛いほどの快感が広がって、リクオは声にならない吐息を漏らす。
「……っ。……てめぇ、っ、何だよこ、れ……っ」
 戦慄く身体を我慢できない。羞恥でいっそう敏感になった膚を、鴆の掌がゆるゆるとなぞっていく。
「見んな、こんなん……っ、」
「リクオ、……そんなにいいか?」
「わけ、わかんね……ぁあっ……ん、ぁんっ……」
 口を開けば、あられもない嬌声が零れ落ちる。間断なく身の奥を嬲られて、上擦る声が自分の声とは思えない。
 戯れのように触れていた鴆の手に力が込められ、リクオの足を拓かせる。視線に晒された下腹は欲情の輪郭も露わに、溢れた蜜が茂みまで濡らしていた。
「なんだリクオぐしょぐしょじゃねぇか。もしかして、検診用の医療用具で感じちまったのか?」
「検診って……んなわけ……ねぇ、だろっ」
 噛み付くように言葉を返したところで、鴆は意に介した様子もない。リクオ自身へ指を絡め、からかうように扱かれた。
「後ろだけでこんなに濡らしやがって、よほど気持ちイイんだろ?」
 はしたなく滴を零す先端を、鴆の親指が執拗に弄る。括れを擦られれば、眩むような恍惚が身を灼いた。
 びくびくと応える腰を押さえきれず、リクオの目に涙が滲んだ。
「……もう、や、っ……鴆っ」
「ん? 聞こえねぇなァ」
「おめぇじゃなきゃ、……こんなん……、な、あっ……気持ち、悪ィ……」
 鴆のことしか知らない身体だ。
 鴆だからすべてを許し、熱を分け合った。
 なのに、鴆に拓かれた身体は愛された記憶が為にリクオを裏切り、追い上げられて果てを欲しがる。
「鴆、もう、や、だぁ……っん、」
「俺のが欲しいかい? なぁ……リクオ……?」
「……ぁんっ……鴆の、が……、欲し、いっ……」
 半ば夢中で、リクオは問われるままに鴆をねだった。
「じゃあ、してくれよ」
 強い力で腕を引かれ、身体を起こされる。掴まれた強さに目を瞠れば、すぐ前には物騒な笑みを刻んだ鴆の顔があった。
「……な、にを……っ?」
「それ咥えたまま……おれのを、おめえの口で、」
 細められた目が、真っ直ぐにリクオを捉えて本気だと告げる。
「そんなん……無、理……っ……なぁ、コレ……やだっ……」
 姿勢を変えれば獰猛な疼きは増して、リクオは荒い息を吐いた。苛まれ続けた身体は自分のものではないようで、喘ぎ一つ堪えられない。
「……も、う……おかしく、なっちまう……ぁあっ……」
「いいぜ……そういう顔、たまんねぇ……」
「……っ? 鴆……っ」
 間近で囁く鴆の声も、欲情を滲ませ、掠れている。
 親指で頬を撫ぜられて、リクオの肩がふるりと揺れた。鴆は喉を上下させ、目を潤ませたリクオの前で立ち上がる。
「ほら。俺の咥えろよ……おめえも一回いっとけ」
「……はぁっ……んっ」
 言いながら鴆が握り込んだ器械を押せば、リクオの中で玩具がぶるりと蠢いた。強くなった蠕動が、容赦なくリクオを身の内から揺さぶる。
 一方的な蹂躙を堪えながら、リクオは震える指で目の前の着物をはだけた。伸び上がるようにして、鴆自身へと唇を寄せる。
 快感に支配され、身動き一つままならない身体で、漲った欲望へと指を絡める。張り詰めたそれは滴を零し、リクオが口に含めば熱が脈を打った。舌を刺す苦みを啜るよう強く舐った後は、深く咥えて、口腔全体で愛撫する。
 瞼を落とし、懸命に舌を使うリクオの艶めかしさに、鴆の口からも溜め息が漏れた。柔らかな舌の上で欲望はますます固く熱く、リクオの口をほしいままに犯していく。
「ん、もう、おめぇ……こんなにしやがって……」
「……んんっ、ぁんっ……」
 今にもくずおれそうな身体を、鴆はうなじに手を回して抱き寄せた。白皙の面を上気させ、一心に己のものへ奉仕するリクオを見下ろせば、それだけで達してしまいそうだと顔をしかめる。
「ああ……、いいぜリクオ……ほら、おめえも……こうすると、気持ちいいだろ……?」
「……ん、っ……ぁあ……っ……」
 わざと気まぐれに、鴆が器械を弄ぶ。
 強弱を変えて震える玩具に、鴆を頬張ったままリクオは喘いだ。
 倒れそうになる身体は鴆の手に抱き留められ、やめることは許されない。口腔の熱で蕩かすよう、リクオが鴆をしゃぶれば、鴆は遠慮なく自らをリクオへと押し当てた。
「……ぜ、ん……っ、……ぁんっ……」
 含みきれない鴆のものに咽せて、リクオの目から涙が零れた。どちらのものかわからない体液で口元は汚れ、銀糸が一筋跡を引く。艶やかな唇も秘所の蕾も、咥えるのはただ鴆一人の欲望だ。
 常以上に扇情的なその表情に、鴆も大きく喉を上下させた。
「も、う……鴆……っ、ぁん……ぜ、……っ」
 追い上げられた身体をひときわ大きく揺さぶられ、リクオの嬌声があがる。それ以上は口淫を続けられず、身体ごと鴆へと縋った。
「っ……リクオ……っ」
「……ぁあっ……っん……」
 切なく声を掠れさせ、淫らな玩具に弄されるままリクオが上りつめる。眩むような果てを感じ、鴆も自身を握り込む。
「ほら、いけよっ……」
「……ぜっ……ぁあああっ……っ……」
 鴆が見下ろす前でリクオは息を呑み、ふるりと身体を震わせた。迸った白濁が二人の膚と敷かれた着物とを汚す。
 艶っぽく喘いだリクオに鴆の熱も飽和し、扱いた掌に飛沫を飛び散らせた。
「……あ……はぁっ……あ、……」
 荒い息を聞かせて、リクオが鴆の腕から滑り落ちる。追うように鴆も膝をつき、その肩を抱いた。
 優しく床へと倒されて、リクオは身を投げ出した。虚脱感と羞恥とが思考を奪い、ただ、膚を撫でる鴆の掌の感覚に安堵する。
「リクオ、」
 どこか心配そうに呼ぶ声に瞼を開ければ、覗き込んでくる鴆と目が合った。
                               (11.11.06.)