掠れた喘ぎが部屋を埋め尽くしていくのを、まるで他人のもののように聞いた。
「……は、あっ……、ぁあ……っ、ん、……」
 背中から抱きかかえるように座らされた身体を、愛撫の指が翻弄する。胸の粒をきつく摘まれる一方で、下腹部はもう片方の掌に包まれ、緩く扱かれ続けていた。
「リクオ、」
 低い耳打ちと共に、濡れた感触が耳朶を包んだ。背中を駆け上がる甘い痺れに肩を震わせれば、唇越し、満足そうに笑んだ気配が伝わる。
 水音をたてて、膚を舐られた。意図的に耳へと注ぎ込まれた淫らな音に、身体の芯が熱く火照る。
「……あっ……ん、……っ……」
 自身を強く扱かれて、一際高い声が漏れる。時間をかけて快感を育てられながら、それ以上の昂ぶりを阻まれた身体は、わずかな刺激にも敏く反応した。触れられれば、意思とは無関係に甘い啼き声が零れる。
「……ぜ、んっ……、」
 身を折りそうになるリクオを許さず、なおも鴆はその膚をまさぐった。リクオの脚の一方は、後ろから絡められた鴆の脚で割り開かれている。帯を解かれた着物が足元にまとわりついているものの、愛撫を妨げるものは既にない。
「もっと呼べよ、リクオ」
 耳元に囁かれた懇願は、触れてくる指の動きと相まって身の内を焦がす。熾火のような熱がゆっくりとリクオを蕩かし、吐息をも色付かせる。
 鴆と身体を重ねるようになって、リクオは果てなく貪欲になる己を知った。
 本家の者が用事あって薬鴆堂へ行き、鴆が臥せっていると聞いてきたのが数日前。当夜に訪れれば、もう床は払っていたものの、顔色がすぐれないのは紛れもなかった。
 本当は休ませた方がいいのだろうと思う。本人こそいつものことだと嘯くが、鴆はどんなに不調であっても自分から認めはしないだろう。
 けれどそれがわかっていながら、夜毎訪れては求められ、あるいは自ら求めて、以来、連夜の逢瀬となっている。明け方まで蕩けるような時を過ごし、夜が来ればまた、互いの情欲を憚ることなく分かち合った。
 もう、鴆の調子も戻っているように見える。とはいえ、その本性が脆弱薄命なことに変わりはない。リクオにとって、身体を重ねている瞬間だけが鴆を想わずにいられる時間だった。離れてしまえばふとした折りに不安は兆して、褥での確かな温もりを思わずにいられない。
 リクオを呼び、愛しみ、苛んでは啼かせ、翻弄しながら、知らなかった快感へと連れ去って、他のことなど何も考えられなくさせる、その、熱。
 先刻から、触れられるまま昂ぶりが身体を充たし、けれど溢れそうになる間際で叶わない。散々悦がらせ、解放の手前まで突き上げながら、鴆はそれを許さなかった。やるせない疼きばかりを持て余し、リクオは乞われるままに名前を呼ぶ。
「……鴆、……っ、鴆っ……」
「ああ、……おめぇの声、やっぱ堪んねェな」
 耳朶から首筋へと唇を滑らせた鴆が、そのまま肩口に顔を埋め、溜め息のように呟いた。膚に落ちた吐息にくすぐられてリクオの背が戦慄く。それに応じるよう、鴆の抱く腕が強くなった。
 鴆が欲しい。
 強烈な渇えに、意識が眩む。
 ただ愛撫のみを続ける鴆に焦れて、欲望はいっそう強くなった。抱いてくる腕も色っぽく掠れた声も欲情をはっきりと滲ませながら、何故かそれ以上、鴆は身を進めてこない。
「……っ、どうした、……鴆、」
 普段通りの声を装って問えば、背中を覆っていた鴆の体温が離れた。途端に肌寒く、名残惜しさが胸を刺す。
「どうって、何がだ?」
 覗き込むように身を傾けてきた鴆と、目が合う。
 わかっていないはずはないのに、鴆の応えはつれない。面白がるような表情はすべてを見透かすかに見えて、屈託ない口調に羞恥ばかりが強くなる。
「……いつもなら、……も、う、っ……」
   絡んだ視線はそのまま、自身を撫で上げられて、声が裏返りそうになった。
「もう?」
 促しながら、その指先は溢れ出す蜜を弄ぶ。強く見つめられて、頬に血が上った。唇を噛んで、相手の瞳を睨め付ける。
「もう? ……言ってくれよ、リクオ」
 乞うようにもあやすようにも聞こえる口調で、下腹に絡めた指は動きを止めない。もう何度目か、潮が満ちるように甘い疼きが四肢へと広がっていく。
「……言わなきゃ、わかんねぇほど、……っ、野暮じゃねぇ、だろ?」
 強いて笑みを浮かべながらも、膨れ上がる熱にはしたなく身体は跳ねて、けれど堪える余裕などない。
「違ぇねぇ」
 苦笑を滲ませて、鴆が口元を緩める。身を引いた鴆の身体が、もう一度背に被さってくる。
「……ちっとでも長く、おめぇが感じる顔が見たかった、それだけだ」
 重なった膚からは温もりが伝わった。囁かれる声が、ひどく優しい。
「無理はさせねぇと決めたのに、結局おめぇを見ると我を忘れちまう」
「……何だ、無理ってのは」
 答えず、鴆はリクオ自身に絡めた指の動きをきつくする。迫り上がる衝動が呼吸を浅くし、鼓動を速めた。先刻までの弄ぶような愛撫とは違う、容赦のない刺激に追い詰められる。
「……っ、鴆っ、……」
「いいぜ、……リクオ」
 耳元で低く呼ばれ、馴染んだ指に一際強く扱かれた。脈打つ情欲に支配されて、もう、爪先一つ自由にならない。恍惚と羞恥に、思わず瞼を閉じた。身体中を疼かせていた熱が、白く弾けて溢れ出す。
「……ぁあぁっ、……っ、はぁ、んっ……」
 強烈な刺激に、声を殺す余裕などなかった。感じるまま喘ぎを零せば、情欲はあまりに露わに耳を打ち、到底、己の声とは思えない。
「……鴆、」
 荒い息の合間から名前を呼んで、きつく抱いてくる腕に掌を重ねる。

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