身をかがめ、リクオが首筋へと口付ける。帯を解いた手はすぐに着物もはだけて、掌が膚をあらためた。ゆっくりと、唇が鎖骨から胸へと下りていき、吐息が零される。触れられているだけなのに、鴆の身体はすぐに熱が点いて、中心には悦楽が兆し始めた。
「リクオ……」
 ため息のようにその名を呼べば、濡れた舌が膚を舐って、さらに体温を上げる。下帯が取り去られ、リクオが額ずくように身体を沈めた。自身を熱い口腔に含まれた途端、四肢を甘い痺れが走って、背後の壁に背を預けてしまう。舌での愛撫は身体中の血を沸かせ、腰へと重く昂ぶりを集めていく。
 荒くなる息を噛み殺して見下ろせば、視界に映るのは、己の脚の間に伏せるリクオの姿だ。リクオが身じろぐと、自身に施される口淫も強く弱く変化して、その生々しさに鴆はまた欲情した。
 堪らず、眼下の髪に指を潜らせ、乱暴に掻き乱す。応じるように舌が絡んで、集まる熱が脈を打った。迫り上がる快感に、今すぐその膚へと身を埋めたくなる。
 久方ぶりの交情は、早々に鴆を際へと追い詰めた。何より気持ちが、リクオに餓えていた。臥せりながらも想わぬときなどなかった相手が、今はこれほどに近い。
「リクオ、……もう、」
 限界を告げて、相手を退かせようとした鴆の手を、リクオが止めた。見上げてきた顔は唇が濡れ、息も乱れている。
「……待てよ、鴆、」
 酔いにも似た上気が、その目元を染めていた。少し喋りづらそうな掠れた声に、鴆の腹の奥が不穏に波打つ。身体を起こすと、陶然とした表情でリクオは口の端を引き上げた。
「……好きにさせてもらうと、言ったろう?」
「リクオ?」
 伸ばされた腕が、鴆の首にまわる。狂おしい瞳の色を覗いたのは、一瞬。抱きしめられれば、もう表情は窺えない。けれど気のせいでなければ、自分もきっと同じ目をリクオに向けている。ただその身を欲し、この腕の中、深く繋がるまでは痛いほどの情欲を持て余すしか術がない。
 膝立ちになったリクオが、鴆の腿を跨ぐ。身を寄せてきた相手にその意を悟り、鴆は眉を寄せた。
「おめえ……まだ、」
「野暮言うな、鴆」
 軽くいなして、リクオは鴆自身に自らの最奥を宛がった。鴆の肩に手を置き、ゆっくりと腰を沈めていく。きつい締め付けに鴆は息を呑み、けれどすぐに、それは目の眩むような恍惚に替わった。
「……っ、リクオ、」
「……ん、……はぁっ……」
 見上げれば、瞼を閉じたリクオが苦しげに息を吐く。慣らされずに鴆を迎えた秘所はすべてを呑むには至らず、拒む素振りを見せながら、熱く鴆を押し包んだ。
「……おめえ、」
「鴆、」
 緩く首を振ったリクオに顔をしかめ、鴆はリクオ自身に指を絡めた。昂ぶった身体は掌で包むよう扱かれれば敏く応じ、はっきりと欲望を示していく。なおも愛撫を施せば、触れている手足が微かに跳ねて、鴆の手を溢れ出した蜜が濡らした。それにつれて、身体の強張りも解けていく。
「あぁ、んっ……」
 鴆へと縋る腕に力が込められる。仰け反った首の白さに誘われて腰を揺すり上げれば、上擦った声とともに深く咥え込まれた。ゆっくりと、リクオの身体が鴆の上に落ちてくる。繋がりが深くなり、その吐息にも艶めいた喘ぎが混じり始める。
「はぁっ……、あっ、鴆っ……」
 すべてを呑み込んで、リクオは切なげに腰を揺らした。繋がった箇所から隠微な音が響き、乱れた吐息はもう、どちらのものともわからない。腰から下肢へと掌で撫で下ろしてやれば、背を震わせ、咥え込んだ鴆を締め上げた。
「……んっ、……リクオ、」
「鴆、はぁっ……ん、……鴆っ、」
 熱に浮かされたように、リクオが腰を上下させる。わずかに開いた唇からは、途切れることなく喘ぎが漏れた。胸の飾りは触れずとも朱く尖って、指で捏ねればしどけない嬌声が零れ出す。欲しがって乱れるリクオに、鴆も堪らず腰を突き上げた。
「あぁっ、……はぁっ、あぁ……、」
「リクオ……っ、」
 欲情のまま、リクオの最奥を穿つ。揺すり上げ、容赦なく腰を打ち付けた。汗の浮かんだ顔は、鴆が突き上げるたび苦しげにしかめられ、けれど、色めいた息がその先をけしかける。擦れる箇所から溢れ出した熱が四肢の感覚を奪い、鴆の身体中を蕩かしていく。ただ夢中でリクオの熱を貪り、夢中でその膚を感じた。
 重なった吐息に、果てが近づく。一際きつく貫けば、リクオは鴆の前へと放ち、鴆もまた、リクオの中へと昂ぶりを迸らせた。


「そうだ。明日には総大将ンとこ、顔出すぜ」
「そうかい」
 庭先で、本家へと帰る後ろ姿へ声を掛ければ、リクオは素っ気なく頷いた。
「じじいには伝えとく」
「ああ」
 まなざしを交わしただけでリクオは帰路へ着き、鴆も踵を返す。互いに、後ろは振り返らない。振り返る必要はないと、知っている。
 夜風が静かに庭木を揺らす。
 夜が明けるまで、もう間もなくだった。
                                        (了。09.08.05.)

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