熟れた胸の粒を甘噛みすると、髪に潜ったリクオの指が戦慄いた。鴆の身体に抑え込まれ自由にならない脚も、焦れったげに上下する。
 逸る衝動を抑えて、鴆はゆっくりと脇腹へ舌を這わせた。震えるように跳ねた身体に満足して、腰骨の上に朱い徴を刻む。白い膚には既にまじないのように朱が散って、鴆の劣情を見せつけた。
 子供じみた真似だと思いはしても、口付けた痕を残すのをやめられない。身体へ付けた徴など消えてしまえばそれまでだとわかっている。何より、まるで所有を証すそれをいくら付けたところで、リクオは鴆のものにはならないというのに。
 残るのはただ、この胸に灯った情だけ。そして、触れたときの、呼ばれたときの、光が満ちたような心持ちの記憶。
「……やっぱり、……給仕は、いらねぇじゃねえか……っ、」
 膚を火照らせたリクオはもう軽口すら掠れて、鴆を誘う。
 身を起こせば、目元を染めた色っぽい表情が睨んでくる。急き立てる腹の底の熱を無視し、鴆は人の悪い笑みを返した。このひとときを、愛しい情人を、味わい尽くすにはまだ早い。
「給仕が欲しいなら、オレがしてやるよ」
 手を伸ばして酒瓶をつかみ、目の前に掲げてみせる。直接口をつけて一口含み、唇を重ねた。
 口の中の酒を、少しずつ含ませる。
 リクオは喉を上下させ、移された液体を飲み下した。酒の匂いが立ち上り、鴆はもう一度それを味わうよう、触れた舌を吸った。
 熱い舌を絡め、解き、戯れに舌先だけを擦り合わせる。畳の上のリクオに逃れる術はない。食むように唇を味わい、呼吸すら許さずに貪って、鴆が顔を離したときには、二人とももう、息が荒い。
「……っ、全然、足りねぇだろうが、……こんなんじゃ、……っ」
 表情を隠そうとするリクオの手首を掴み、覗き込む。
「……足りねえか?」
「ちがっ……、酒の話だ。酒の、……あっ……」
 顎へと指をかけた鴆を睨め付けて、けれどリクオは皆まで言えず、小さく呻いた。
 既に兆したリクオの中心を、鴆が膝頭で捏ねたからだ。顔を背け、浅く息を吐くリクオを見下ろして、鴆は目を細めた。
「……ん、っ、……はぁ、っ……」
 膝頭は、緩くリクオを嬲り続ける。
「……こんなに熱くなってんだ。もう酒なんて、要らねぇだろう……」
「……そういう、……ふ、っ……、話じゃないだ、ろう、……がっ、……」
 上気した顔に、身体の芯が脈打った。
 乱れるリクオを自分だけが知っていると思えば、それだけで血が沸く。凛と立つ三代目が、己の下で欲情のまま声をあげ、やがて楔を咥え込んで啼く様は、狂おしく鴆を揺さぶり、何も考えられなくする。
 できるのは、身体も情も鴆へと預けたリクオを抱きしめることだけ。
 見つめたまま、リクオの下帯を払って中へと指を絡める。触れただけでその背がしなり、上擦った喘ぎが零れる。
「あっ、ぁっ……、ぜ、っん……っ」
 先端を指の腹で抉ってやれば、滲んだ蜜に指が濡れた。
 緩く握り、手の中で熱が漲るのを感じながら根本から扱く。リクオの腰は従順に跳ね、受けた快感を余さず伝えた。
 切なげに身じろぐ姿態に、自身のものにも血が集まるのを感じる。馴染みのある欲望が、リクオを欲しがって身の内を灼き焦がす。
 呼ばれれば、ただリクオを感じたくて、息が止まりそうになった。
「鴆、……っ、ぜ、んっ……」
 立てた膝を震わせて、リクオはきつく眉を寄せた。
 懸命に堪えているのを知りながら、容赦なく鴆の指は責め立てた。涙を流すように蜜は溢れ、掌を濡らす。
 潤みを纏った指が上下し、張り詰めた中心を追い上げる。組み敷かれた身体が、間近の絶頂を先触れして小さく痙攣した。
「……っはぁ、っ……」
 息を呑んだリクオが、鴆の手に精を迸らせる。受け止めきれなかった白濁がリクオの腹へと散った。
 刹那リクオが見せた表情に、鴆の中の熱はもう抑えようもない。
「……リクオ、」
 瞼を閉じ、荒い呼吸が調わないリクオを、待ちきれずに呼ぶ。吐精後の怠さを眉間に寄せながらも、リクオはゆっくり鴆へと顔を向けた。
「……なんだ、鴆、」
 婀娜っぽく、見上げる双眸が細められる。見つめられれば自身の渇きを思い知らされて、鴆は喉を上下させた。
「まだそんな格好しやがって、」
 ほとんど乱れのない着物を揶揄するよう、帯に手が掛けられた。気怠げに伸ばされた手はそれでも力任せに帯を解き、着物の前がはだけられる。
「……せっかくの、人払いだ。……行儀よくって柄でもねぇだろうが」
「ったく。さっき咎めたのはどの口だ、リクオ」
「言われて、遠慮するつもりなんか……ねぇだろう?」
「そんなに塞がれてぇのか、この口は」
 頷きは返されずとも、閃いた笑みが答えの代わりとなる。項にまわされた手に誘われるまま、鴆は身をかがめた。リクオの唇に口付けを落とし、一方で下腹の奥へと指を滑らせる。
 辿った先の蕾を撫ぜれば、隠しきれない震えが返った。竦む身体が、それでも鴆を求めて首筋をかき抱く。
 すべてを差し出して、すべてを奪いたい。抗いがたい激情が胸を満たして、脈打つ鼓動がひどく煩い。
 ゆっくりと、リクオの内へ指を差し入れた。大きく戦慄いた身体に構わず、熱く柔らかな秘所を割り開く。あやすように掻きまわしてやれば、リクオの背が反り返った。逃げようとする身体を許さず、抜き差しを繰り返す。
「……ん、っ……、あ、ぁ……っ、」
 一瞥であたりを威圧し、一声で百鬼を跪かせる主が、鴆の前でだけさらけ出す表情がある。統べる者と従う者、リクオが百鬼の主たることを誰より望んだのは自分だ。けれど無防備な彼を腕の中に見れば、どうしようもなくすべてが欲しくなった。
「鴆っ、はぁっ……ん、……ぜ、ん、……っっ、あ、……」
 喘ぐ声に嬌声が混じり、秘奥が蕩け始めたことを告げる。
 指を抜き、鴆はリクオの身体を折るよう、腰を上げさせた。片方の脚を自分の肩へと担いで、身体を開かせる。
 戦慄く脚を感じながら、リクオを貫いた。
 圧倒的な熱に押し包まれ、熱い疼きが身体中へと広がる。
ゆっくりと動き始めれば、リクオは焦れったげに腰を揺らし、ひどく切なげに瞬いた。まっすぐに見上げてくる双眸に捕らえられたまま、欲望を突き上げる。
 薄く開いた唇が、声にならない声で鴆を呼んだ。揺すり上げるよう最奥を責め立てれば、いっそうきつく締め上げられて、最後の理性も砕け散る。
「リクオ、っっ……リクオ、……っん、……」
「……はぁ……っん、ぜ、んっ……、んん、鴆……っっ、」
 剥き出しの情を、ただぶつけた。リクオのものへと指を絡め、前と後ろから追い上げる。箍の外れた悦楽が身体中を駆け巡って、互いの名前だけを、まるで約束のように呼んだ。
 触れた箇所から熱く蕩けて、眩む心地に襲われる。焦燥にも似た渇望に揺さぶられ、ただ、リクオも同じように感じてくれればと願った。
 堪えきれない絶頂を間近に感じて、リクオを強く擦りあげる。
 自分はリクオのものだ。これまでも、これからも、ずっと。
 それだけで十分だと思っていたのに。
 一際深く腰を突き入れて、掠れたリクオの喘ぎを聞いた。思い切り背を反らせ、リクオが鴆の手に熱を飛沫く。鴆もリクオの中へ欲望を叩き付け、大きく息を吐くと、その膚へと身を沈めた。
 汗ばむ膚と荒い呼吸を持て余す。
 身体の芯で蕩けた情欲が静まるには程遠い。
 身を起こして、鴆は閉じられたリクオの瞼に口付けを落とした。

                               (了。10.05.18)

前頁
文庫目次