「いや、……早かったじゃねえか」
「もともと要らねぇ世話さ。良太猫に任せてりゃ充分のとこだ」
 言いながら、リクオは酒瓶と盃に手を伸ばした。
「なんだ、全然減ってねえじゃねぇか。呑むだろう?」
「もらうぜ。こんないい酒、呑み始めたら止まらなくならぁ。一人で呑んじまっちゃあ勿体ねえだろうが」
「わざわざ待っててくれたのかい」
 縁まで注いだ盃を掲げ、リクオは嬉しそうに笑った。同じように盃を持ち上げて、鴆も口元を緩める。
 喉を滑り落ちる酒は甘く、一息で呑み干した。隣では、同じように盃を空けたリクオが大きく息をつく。
「鴆、ほら、」
 間髪を入れず酒瓶を手にしたリクオに促され、再度盃を差し出す。二つの盃をなみなみと満たし、今度はゆっくりと、リクオは盃に口をつけた。自分も盃を口に運びながら、鴆は常と異なる雰囲気の相手を見つめた。
 奴良組を背負って差配するリクオはこれまでも見てきている。ただ、そうした場が自分たち二人の時間と地続きになることはなかったから、これほど強く差異を感じなかったのだろう。
 目を伏せて静かに酒を呑んでいるだけにもかかわらず、リクオの気配は本家で酒を呑んでいたときと明らかに違う。もともと整った造作の横顔が、研ぎ澄まされた威圧と相まって目を離せない。
 いつのまに、これほど強い気を纏うようになったのか。
「なんだ、鴆?」
 振り向いたリクオと目が合った。まっすぐに視線を返してくる表情は、いつものリクオのものだ。
「疲れたか? 結局四人とも看たんだろう?」
「ああ、違えよ、あのくらいで疲れるかって。全員、見た目ほど気ィ遣う傷じゃなかったしな」
「そうか」
 それ以上は問わず、リクオは不思議そうに鴆を見つめ返した。わずかに首を傾げた仕草はその身の気配とそぐわず、鴆は思わず笑みを浮かべる。
「いつのまにか、ずいぶんらしい様子になってきたじゃねえか、三代目」
 軽い口調を返してやれば、リクオは腑に落ちたように口の端を上げた。
「今更何言ってやがる。今までだって散々見てるだろうが」
「ああ。だから言ってんだ。今までずっと見てきたオレだからな」
「言うじゃねえか。……だいたい、今日は何もしてねえぞ」
「だからだよ」
 怪訝そうに眉を上げたリクオに、鴆は真面目な声音になった。
「今のおめえならわかるだろう? 何をするまでもなく事を収めるのが器量ってもんだ。己一つで周りを従わせてこそだろうが」
「己一つで、か?」
「それに、」
 手を伸ばして、鴆を見つめるリクオの頬に触れる。
「そもそもこの一番街が治まってんのは、以前のおめえの働きがあったからじゃねえか。オレのこと置いて出入りに行ったこともあったろう。忘れたとは言わせねえぞ」
「まだ言ってやがんのか。それは、おめえ、」
 滑らかな頬を指先でなぞってやれば、リクオは半ばで言葉を切った。鴆の中に何かを探すよう、視線を強くする。
 窮鼠の件に四国勢の襲来、その他無数の小さな事件を直接、間接に処して、リクオは一番街に賑わいを取り戻させた。それは誰もが知る事実で、だからリクオの存在はここでは特別なのだ。
「様になってきたって言ってんじゃねえか。素直に受けとけ」
「……ああ、」
 破顔した鴆に、リクオも口元に笑みを刷いた。周りの空気の色が、柔らかく変わっていく。何事もなかったかのように、リクオの気配は見知ったものになった
「そうだとしたら、おめえのおかげだ」
 返された言葉は不意打ちだった。目を瞠った鴆の指へと掌を重ね、リクオは自身の頬へ押し当てる。
「最初からずっと、……おめえがいてくれたからな、」
 嬉しそうにそう言って、笑う。目も心も奪われて、鴆は鼓動が逸るのを感じた。
「あの日から……、そうだろう義兄弟?」
「……ああ、」
 もう片方の手もリクオの頬へと宛がえば、瞳が艶やかな光を宿す。揺るがず見つめてくる顔を包むようにして、顎を上向かせた。
 ゆっくりと、唇を重ねる。
 あの日から、鴆はリクオのものだ。
 あるいはそれ以前から、ずっとそうだったのかもしれない。
 合わせた唇を舌でなぞれば、待っていたように鴆を受け入れた。舌を絡める濡れた感触は、幾度口付けを重ねても即座に身体を昂ぶらせる。
 吐息を奪い、遠慮なく口腔を犯す。舌を吸い、角度を変えてさらに深く口付ければ、小さな喘ぎが耳を打つ。逃すまいと項に手を掛け、その熱を貪った。
 三代目たるリクオは百鬼の主であって、鴆のものにはなり得ない。けれど今、腕の中にある熱は自分だけのものだ。
 思うさまにリクオを味わって、漸く鴆は口付けを解いた。同時に、畳の上へと押し倒す。
 頬を上気させたリクオが見上げてくる。からかう表情で、鴆の項へと手をまわした。
「接待してもらってる座敷で及ぶなんざぁ、行儀がいいじゃねぇか、鴆?」
「おめえがあんな……しおらしいこと言うからだろうが」
 こめかみの髪をかき上げてやると、リクオは艶然と笑った。
「本当のことだから仕方ねえ。何度だって言ってやる」
「……リクオ、」
 手を伸ばし、リクオの腰帯を解く。着ているものをすべてはだけて、首筋から鎖骨、胸元へと唇を滑らせた。
 リクオの手が、何かのよすがのように鴆の後頭部を抱く。膚を吸えば、感じるままその指に力が込もった。
 淡い色の胸の飾りを口に含む。飴を転がすよう丁寧に吸い、尖らせた舌先で舐った。濡れた音をたてるうち、朱く色付いた突起が勃ち上がり、リクオがもどかしげに身じろぎする。
「せっかくの貸し切りだ。家の者を気にする必要もねぇ。遠慮なしに声あげてくれていいんだぜ?」
「……そのための人払いかよ」
「給仕を断ったのはおめえだろう」
「……それは、……ぁっ、……」

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