胸元に口付けを落とせば、よくできた楽器のように啼いた。
「……んっ、あ、……ふっ……」
 おそらくは無意識に、自分の下で横たわるリクオが唇を噛みしめる。それでも漏れてしまう息遣いが、耳を刺激した。
 着物の前をはだけ、胸の粒に噛みつく。その瞬間リクオの身体が跳ねて、鴆はつい口元を緩めてしまう。
「なあ、声殺すなって、言ったろ?」
 笑みの滲んだ声を投げれば、緩く首を振られる。
「……莫迦。そういうことはやることやってから言え」
 揶揄する調子で返されて、ならばと鴆も再び顔を伏せた。
 軽く歯を立てて甘噛みし、尖らせた舌の先で色付き始めた突起を舐る。震える身体を堪えるように、リクオの膚が強張るのがわかった。 もう片方の胸の粒も指先で擦ってやれば、呑み込みきれなかった喘ぎが漏れた。
「……あっ、ん、……くっ……」
 普段は低く響くリクオの声が、褥を共にするときだけは上擦って、ひどく甘い。少しでも早くその声に自分を呼ばせたいと、鴆はわざと濡れた音をさせ、胸の飾りを吸った。口に含み、飴を舐めるようにしゃぶる。朱く勃ち上がったそれを舌で転がせば、目の前の身体は落ち着かなげに身じろいだ。
「いいんだぜ。気持ちいいなら、そう言えよ」
「……寝言は、寝て言えって……。……早く、そうさせてみろ、よ……」
 見返してくる表情こそ勝ち気だが、掠れた声と、何より瞳が言葉を裏切った。常ならば静かに冴える眼差しが熱く潤んで、鴆の身体の芯を滾らせる。全身の血が沸いて、早く手を伸ばせと、己をけしかける。
「息、上がってるじゃねえか」
「……まだまだ、だって……、んっ……」
 胸の粒をきつく摘んだ鴆の指先に、我慢できずリクオの声が裏返る。白い喉が、誘うように仰け反った。
 衣擦れの音をさせて腰帯を解き、前を寛げてやる。目が合うと、目元を朱に染めてリクオは笑った。酒にも酔わないリクオがこのときだけ見せる、熱っぽい表情。差し伸べられた手が鴆の頬を無造作になぞる。その手に自分の手を重ね、力を込めて握り締めた。
「鴆、」
 囁かれた名が全身を震わせ、先を促す。何時だって、ただ一言、ただ一瞥が己を酔わせ、その主以外の何をも意味を失った。
 盃をくれと言った日のことは、今でも鮮やかだ。命を助けられ、盃を交わしたあの日から、そのまなざし、その声音が、鴆を捉えて放さない。一言の下に百鬼夜行を従え、祢々切丸を振るう姿に見惚れなかったことなどない。そして、その身体を組み敷いて、我を忘れなかった例しも。
 首筋に顔を埋め、舌を這わせる。強く吸って、証のように朱を散らす。鎖骨から肩へと唇で辿れば、リクオの指は鴆の髪に潜り、それを乱した。髪を弄る指は、口付けた分だけ素直に疼きを返して、鴆の身体をけしかける。見上げた目の内には己と同じ欲情がはっきり浮かんで、鴆は口の端を上げた。
「……リクオ、」
 唐突に迫り上がった衝動をどうにか呑み下す。何度抱こうと、触れた瞬間に欲情した。身体の芯は疼きを訴えていたけれど、急くことはしない。身体はもちろん魂さえ、このひとときは余さず自身のものとする、そう思えばこそ、全身で脈打つ熱をそのままに、リクオの背へと身を傾けた。
「……鴆?」
 俯せにされたリクオが、肘を突いて振り仰ぐ。肩に引っ掛かっていた着物を剥ぎ取り、確かめるよう、鴆はその背へと掌を這わせた。
 畏の代紋を背負う背中が、何も纏わず腕の中にある。微かな灯りに浮かび上がる膚は仄白く、鴆を誘った。百鬼を統べ、百鬼を護する奴良組三代目は、この背に人の子までも庇うという。御せない熱を持て余して口付ければ、僅かに膚が強張りを返した。それを解すよう、背から脇腹、腰へと掌を滑らせながら、唇で朱を刻む。
 余すところなく触れ、己の跡を証したいと欲するのは、どうしようもない情欲だ。どれだけのものを背負い、その一方、己の腕の中では憚るものなく乱れると知れば、自身の印を付けずにはいられない。
「鴆……」
 もどかしげに身を起こした声には応じず、相手の腰を引き寄せる。俯せのまま膝立ちとなったその背に覆い被さるよう身を重ね、執拗に口付けを散らした。百鬼の主は、己にとってただ一人の主、そしてただ一人の情人だ。
 その間にも片掌はゆるゆると膚をまさぐり、この後待つ灼熱を先触れする。存分に啼かせ、痴態を共にすることを告げる掌に、待ち倦ねた身じろぎが応じ、微かな溜息もが零された。
 胸へと這わせた指が尖った粒へと触れると、腕の中の身体が跳ねる。既に散々弄った胸の飾りは感じやすく、きつく摘めば呆気なく持ち主の呼吸を乱す。指と指とで捏ね、吐息に混じる喘ぎを強いた。逃そうとして叶わぬ疼きが、リクオの表情を切なげに歪ませる。
「なあ、……あんたの声、もっと聞かせろよ」
「……そう思うんなら、……そう、させろ、って……言ったよな?」
 耳の中へ囁いてやると、僅かに顔を傾けたリクオが目元で笑みを返す。挑むようなその一瞥ははっきりと誘いをかけて、鴆は喉を上下させた。
 胸から滑らせた手を、下腹部へと差し伸べる。触れた瞬間、リクオが息を呑んだ。ゆっくりと撫で上げ、そのまま掌を上下させれば、肩が跳ねた。
「……っ、つっ……」
 目を閉じたリクオの呼吸が弾み始める。背から脇腹へと舌を滑らせると、応じるように震えを返した。
「リクオ、」
 やんわりと握り込んで扱き、甘く掠れる吐息を味わう。滲み始めた潤みに指の腹を宛がい、塗り込めるように擦った。
「……はぁっ……、んっ……」
 漏らされた声に満足して、愛撫を続ける。
 勃ち上がってくる気配に、強く、柔く、あやすように指を滑らせた。先端から溢れ出した彼自身の蜜が、指を汚す。それを纏わせきつく嬲れば、乱れた呼吸にどうしようもない嬌声が混ざり始める。
「……はぁっ……、ぁっ……、あっ……ぜ……ん、」
 はっきりと形を帯びた熱を持て余すよう、リクオが腰を揺らす。

次頁
文庫目次