上気して誘う身体、情欲を孕んで呼ばれる名前。重なる膚が、耳朶を擽る喘ぎが、正気を眩ませる。
「リクオ、」
 赤く染まった耳元に名前を囁いてやると、切なげに眉を寄せた。半開きになったままの口から、熱い息が吐かれる。仰け反った白い喉に、前を弄ぶ指を強くすれば、押しとどめたのはリクオの手だった。
「……鴆、っん……、……来いよ、」
 婀娜を含んだ声が挑発して、否も応もあるはずがない。
 滴を零すリクオ自身を放すと、溢れたものが夜具へと落ちた。既にきついはずの身体を堪える姿は、容赦なく鴆の欲情を煽り立てる。とうに先刻から、身の内で膨れ上がった熱は出口を欲して滾っていた。耳を打つ荒い息は、もう、どちらのものともわからない。
 痛みとも紛う昂ぶりに焼かれながら、鴆は血の集まった己をリクオの最奥へとねじ込んだ。
 きつさに息が止まるのは、一瞬。ゆっくりと身体を進めれば、抗いを返しながらもリクオの中は熱くまとわりついて、身体の奥で火花が弾けた。
「……リクオ、」
「……っ、……はぁっ……」
 足の先から頭の天辺まで、喩えようのない痺れがうねる。容赦なく腰を打ち付け、リクオの口からはとめどなく喘ぎが漏れた。さらに深く己を呑み込ませれば、汗で濡れた背が反って目を惑わし、抜き差しの濡れた音が耳を弄する。それでも足りないとリクオが自ら腰を揺らし、繋がる箇所はまるで脈を打つように灼けた。弾ける寸前の圧倒的な熱が、身体も意識も焦がし尽くす。
「……あ、んっ……、や、あぁっ……」
 啼く声に、はっきりと劣情が浮かぶ。上半身を支える肘がくずおれ、限界が近いと訴える。自分を咥えて、なお欲しがる相手の、なんと愛しいことか。
「……はっ、……っつ、……」
「……ふっ、あぁっ……、」
 張り詰めた前へと指を絡め、余裕なく扱いてやる。握り込んで上下させれば、鴆の腕の中、身体を震わせてリクオは精を放った。瞬間、呑み込ませたものを締め付けられ、ひどく眩しい何かが身体の中で弾ける。きつく目の前の背を抱きしめて、鴆も果てを迎えた。


 窓を開けると、まだ冷たい春の夜気が流れ込む。火照った身体にそれは心地よく、鴆は窓の桟に腰を下ろした。庭先では、枝中に紅紫の花を付けた樹が月光に照らし出されていた。
「鳥が留まってるようだと思わねぇか」
 隣へ立ったリクオが、鴆の視線を見咎めたのか、そんなことを言う。
「枝中に綺麗な鳥を留まらせてるみてえだと、見るたびに思うんだがな、」
 鴆と向かい合うよう自分も桟に腰掛け、リクオは続けた。既に着物を纏ってはいても、上気した膚に、情事の名残は匂い立つ。襟元からは自身の付けた朱が見えて、鴆は視線を逸らした。
「鳥、ねえ」
 盛りを控えた庭の樹は、まだ落花には早い。けれど、艶やかな紅紫を誇った後、大輪の花はそのまま地面へ落ち、無惨な姿を朽ちさせる。確かにそれは、花というよりもっと生々しく、生き物の死骸めいている気もした。
「……んなこと、ガラでもねぇか」
 無造作な物言いと共に手が伸ばされ、鴆の顎を掴む。正面を向かされ、身を乗り出したリクオが覗き込むように首を傾げた。
「ただ、あんな綺麗な鳥が留まったなら、樹だって嬉しかろうと、」
 親指が、鴆の唇をゆっくりとなぞった。
「思っただけさ」
 ひどく間近から、冴え冴えとした視線に射竦められる。その強い光に見惚れた瞬間、静かに唇が重ねられた。
 触れるだけの口付け。
 一呼吸の後、始まったときのように、そっと離れていく。
 あんなにすべてを晒しあった後なのに、触れたか触れないかの接吻はひどく甘かった。
 今度は鴆から手を伸ばす。首筋に手を回して引き寄せ、されたのと同じくらい、優しく口付けた。
 ずっと、永劫も一瞬も同じだと思っていた。己が程なく空しくなるのも、既に定まったことと悟ったつもりになっていた。
 投げ遣りだったわけではない。けれど、未練がなかったのも本当だ。祖父も父もそうであったのだからと、己もまた、尽きる命数を見限っていた。
 あの刻、までは。
 己が死ぬ前に襲名の晴れ姿をと望んだ鴆を、リクオは黙して一瞥し、ただ、呑むかと酒を差し出した。見つめる双眸は静かな中に不穏を隠さず、鴆は、己の命がまだ手放すべきものではないと思い知らされた。
 そして何より、今はもう、彼の人の隣を去ることなど考えられない。
 重ねた唇を離すふりで、口付けを深くする。滑り込ませた舌を相手のそれへと絡め、思うさま味わう。逃れるのを許さず、吐息もすべて貪った。
 リクオの指が、鴆の肩を掴む。
 もう一度、二人の影が重なった。 

                                        (了。09.06.13.)

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