背後からの声は、もう昂ぶりが露わだった。着物の裾を捲られ、鴆の手が下帯を引く。焦らすように内腿をなぞった指に、リクオの身体は震えを返した。
 いつだって、近しく膚を合わせたいと願うのは、ただ相手を感じたいからだ。相手を欲しがる自分と自分を欲しがる相手とが繋がって蕩け合う、その瞬間を待ち焦がれる。
 鴆の指が、最奥への入口を撫でた。覚えのある、けれど慣れることのない痛みが身体を襲う。浅い息を吐いて侵入を許せば、甘い痺れが背筋を駆け上がり、捏ねられた身の内が期待を訴えた。
 短い喘ぎとともに腰を揺らして、リクオは上体を預けた幹へと縋る。
「リクオ、」
 隠しようのない反応に、鴆が喜色に満ちた声を出す。
 下腹で生じた疼きは、脈打つように四肢へと広がった。自身が濡らした指が賢しげにリクオを責めて、もう、下肢に力が入らない。抗えないうねりが身体の芯を揺さぶって、意識も感覚もすべてを持って行かれそうになる。
「鴆、なぁ……っ、」
 今、この背に身体を重ねて、鴆はどんな顔をしているのだろう。
 彼方を悼んだ眸は、今何を映しているのか。
 この腕で鴆を抱きたいと、衝動にも似た強さで思う。
 乱暴に鴆の手を外して、身体を返した。首筋へと両腕を回して、頼りない月明かりの中、その眸を覗き込む。
 鴆が抱くもの、すべてを感じさせてほしいと思う。情も欲も、そして痛みも。
 向き合った鴆は、どこか眩しげにリクオを見つめ返した。頷くように眸を逸らさず、リクオの脚を抱え上げる。
 身の内を、鋒が貫いた。
 鴆も苦しげな息を吐いたが、身を止めはしない。
 背中を幹へと預けて、リクオは揺すり上げられるまま、喘いだ。
 鴆は正面からリクオを見つめて、その身体を翻弄する。
「……はっ、……あっ、あぁっ……、はぁっ……」
 鴆を見つめながら、鴆を感じる。すべてを余さず欲しいと、ただ、貪欲に。
 繋がった膚からは悦楽が溢れ続けて、もう立っているのも覚束ない。なのに突き上げられれば、焦れたように腰を振った。
「……あっ、……んんっ……、ぜ、んっ……ぁあっ、……」
 あられもない喘ぎも、はしたなく揺れる腰も、もう己では止めようがない。
 正気も何もかも、すべてを手放して、全身で鴆を感じる。
「リクオ……っ」
 堪えていたものが溢れたように、鴆が大きく腰を突き上げた。
「……ぁあっ……ん、」
 熱が、迸る。
 身の奥で脈打っていた滾りが弾けて、散る。
 荒い息を吐く身体に、静まらない鼓動と火照った膚だけが残された。
 引いたのに引かない、波のような熱に身を漂わせていると、ふと、最中のやりとりが耳にかえる。
「……なあ鴆、」
 間近で同じように息を吐く鴆を、呼ぶ。鴆もまた、酩酊にも似た表情を見せて、リクオを満足させた。
「お前が困るんなら、また一緒に来てやるぜ?」
 瞬いた鴆に、眸を細めて笑う。
「何も一人でオレを思い出すことねぇだろう?」
「……ったく、」
 呆れたような口調で、鴆が口元を歪める。苦笑が半分、残る半分はリクオの挑発に応じる笑みだ。
「敵わねぇなぁ、お前には」
 眸を見交わして笑えば、どちらからともなく再び唇が重なる。
 よく知る鴆の匂いに混じって、一筋、花の香が流れた。

                               (了。10.12.10)

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