下帯を取り去ることすらもどかしそうに、指がリクオへ絡められる。覗き込んでくる鴆にいたたまれず、リクオは相手の肩を引き寄せ、額を押し当てた。目を閉じれば、けれど自身に施される感触はいっそう鮮明になる。
「……んっ、……っあ、ぁっ……」
 既に輪郭を持ち始めていたリクオの熱は、節立った指で扱かれて容易く形を露わにした。鴆の指に嬲られれば、甘い痺れが身体に広がる。リクオをよく知る指があやすように蠢いて、浅い呼吸を強いられるのに時間はかからない。
「……は、あぁっ……、ん、……」
 顔を相手の肩へ伏せているためだろう、常よりも強く、鴆のまとう匂いがした。無意識に深く息を吸い込めば、下腹への刺激とも相まって、熾火のような火照りが全身を戦慄かせる。
 揺れそうになる腰を堪えても、溢れ出す蜜はどうしようもない。
「……はっ、……鴆、……ぜ、んっ……」
「……リクオ、」
 上擦った声をあげれば、応じる鴆の声もまた掠れている。溜め息のように呼ばれた自分の名は強く胸を衝いて、けれど唐突に、愛撫の指は止められた。
「……鴆?」
「顔、上げてくれ」
 かき立てられた身の内の炎が、もどかしく暴れている。鼓動ばかりが疎ましく速い。見透かしたように、熱っぽい声がせがんだ。
「夢でもおめえを抱けるんなら、それも悪くはねぇが、」
 乞われるままに顔を上げれば、欲情を滲ませて鴆が笑う。
「それより、うつつのおめえを味わいてぇ」
 視線が、声が、そして身体が、抗いようのない欲を湛えてリクオを欲しがっていた。そして多分、自分も今、同じ表情を鴆へと向けている。
「来いよ。……おめえの顔が見てぇんだ。なぁ?」
 答えを既に知る者の余裕で、鴆は目元を綻ばせた。言いながらも焦れる気持ちを隠さず、リクオへと触れる。自身の付けた朱痕を指先だけで辿り、腰へと下ろされた手に力が込められる。
「鴆、」
 抱き寄せられるまま膝を着き、鴆に跨った。
「言ったぜ? 夢でも、うつつでも、」
 肩に腕を廻して抱けば、鴆はリクオの首筋へと唇を押し当てた。
「……オレは、」
 皆まで言うのを躊躇させたのは、胸を過ぎった言いようのない怖れだ。
 誰かに想いをかける果てなさは気が遠くなるばかりで、そして常に、幾ばくかの痛みを伴う。
 初めて知った痛みは胸の片隅で燻り続け、時に、リクオをらしくなく迷わせる。今も、己の想いを思い知らせたくて、けれど鴆の名前を口にすることができない。
 その束の間、耳殻へと舌を差し込まれ、呑み込んだ息の内に最後の言葉は霧消した。
 背中に廻された手がゆっくりと下へ滑り、腰を撫で下ろしていく。最前、熱を上げたままの身体は、それすら敏感に感じて四肢に疼きが満ちた。
 腰骨を撫でる指の動きも、舐るような耳朶への甘噛みも、この後の交情を先触れしてリクオを焦らす。
「………何だ? リクオ」
 囁きながら、答えは待たれない。膚を伝い、秘所へと宛がわれた指が、リクオの身体を割った。
「……っっ、……」
 浅く喘いで、唇を噛む。ゆっくりと、けれど容赦なく鴆の指は秘奥を犯した。
 身体を割り開かれる最初の痛みが過ぎ、己が押し包む節立った指を露わに感じる。鴆のものだと意識すれば、下腹もが熱くなった。
 思わず、かき抱いた鴆の頭に頬を擦り付ける。深く埋められた指が身の内をかき回し、最奥からの快感に、少しずつ違和感が取り紛れていく。
 欲しいものは、はっきりとわかっていた。怖れる理由も、本当は。
「鴆、……もういい」
「おい、……まだ、」
 気遣う声をかぶりを振って止め、リクオは腰を浮かせた。指を引き抜かせ、鴆の切っ先へと自ら身を沈める。
「……リクオ、」
 喘ぐような声が、耳を擽った。
 愛しさに息を呑んで、凶暴な熱を咥え込む。自身の膚を割り開いて鴆が入ってくる瞬間、繋がる昂奮と慣れることのない圧迫感がないまぜになって、リクオを激しく揺さぶった。
 すぐに何も考えられなくなると、誰より自分が知っている。
 目を閉じて、深く腰を落とした。
 擦れ合った身体の中は熱く蕩けて、互いの欲がせめぎ合う。息を吐き、逃げそうになる腰を堪えて、鴆を迎え入れた。
 貫かれるうち、苦しさは馴染んでいく膚に消え、喩えようのない悦楽に取って代わられる。耳元に聞こえる鴆の吐息も既に乱れて、リクオの貪欲を後押しした。
 最奥までも鴆を導き、浅い呼吸を繰り返せば、あやすように揺すり上げられる。
「……んっ、……あぁ、っ……」
「リクオ、……リクオ、」
 ねだる口調に薄く目を開けると、目を細めた鴆が睫毛の触れそうな距離で笑う。情事の時だけ見せるどこか物騒な笑みは、正直に欲望を映してリクオを急き立てた。睨め付ければ、戯れのように繋がりを揺さぶられる。
「……あぁっ、……」
 応じて、堪えられずに腰を揺らした。
 最初は緩やかに。
 すぐに、衝動のまま、もっと深く。
 鴆が動くのを待てず、咥え込んだ熱に自らを喰らわせる。大きく穿たれれば全身が跳ねるような疼きに支配されて、噛み殺せない嬌声が漏れる。
「……はぁっ、……あぁ、っ……、ぜ、んっ……」
「……リクオ、っ……、もっと、だ、……」
 腰骨を力強い両手で掴まれた。抑え込まれ、容赦なく突き上げられる。
「……鴆っ……、」
 見下ろせば、削げた頬が色っぽく歪んで天を仰ぐ。荒い喘ぎが零れ、額は汗で濡れていた。目が合うと、鴆は眉をしかめたまま、ひどく幸せそうに破顔した。
 甘い苦しさが、胸を掴む。
 愛しさが溢れ、息が止まりそうになる。
 身体が解放へと昂ぶるのに任せて、リクオは目を閉じ、全身で鴆を感じた。

                                     (了.10.04.01.)

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