以下の話は、夏に鴆誕記念として配布したコピー本『遠雷』の翌朝という設定です。
が、お読みでなくてもまったく問題ありません。
遊びに来た遠野で、昼間から夜の姿の若と鴆が睦んでいたという前提だけよろしく〜。





「だから悪かったって言ってるじゃねえか」
「別にもういいって言ってんだろ」
「じゃあなんで怒ってるんだよ?」
「怒ってねェ」
「そんならこっち来いよ」
「関係ねェだろ」
 遠野の早朝、鬱蒼と茂る森の奥で、リクオと鴆は露天風呂に浸かっていた。皆で使う広い湯ではない。オレの秘密の場所だ、と淡島が昨夜、鴆に教えてくれたのだ。
 雨造の気に入りの滝と同様、淡島は自分が認めた相手にしかこの場所を教えていないという。リクオも連れてきてやるつもりだったんだけどな、と淡島は笑った。あのときは、京都の情勢が思ったより早く動いちまったから。他の奴らはここまで来ないし、リクオと一緒に、明日にでも使えよ。
 何故鴆なのかといえば、午後の情事後に眠ってしまったリクオは夜になっても目を覚まさず、鴆が一人で酒に呼ばれたからだ。
 朝方に目を覚ましたリクオは、何故起こしてくれなかったのかと鴆に文句を言った。遠野の連中と酒を酌み交わすのを楽しみにしていたのは知っている。昨夜にしても、寝顔を後にしながら悔しがるだろうとは思っていた。
 けれど、起こして連れて行けるわけなどない、と鴆は思う。
 無理を強いてしまった本人を案じたのはもちろんだ。けれど何より、情事後のリクオの艶めかしさは格別だ。酒の席に連れて行くなど、気心の知れた連中ばかりの席だとしても御免だった。
 鴆の気持ちも知らず、そんな経緯があってリクオは微妙に機嫌が悪い。淡島が自分で石を組んだという湯船でも、鴆からいちばん離れた場所に陣取って、手足を伸ばしている。
 あたりは仄明るくなっているが、山中だけあって随分と涼しい。遠野の里の方も、まだ目覚める前の静けさだ。
 夏の朝らしい雲の多い空を見上げ、風にそよぐ梢を見上げ、人の手の入らない木々を見渡し、けれどどうしても、鴆の視線は同じところへと戻ってしまう。
 朝の光のなかで、リクオの膚は滑らかに透き通るようだった。気まぐれに散った朱が、白い膚にはっきりと浮かんでいる。昨日の午後、鴆が唇で刻んだ情欲の証だ。
 湯に揺らぐリクオの膚の淫らさに、思わず鴆は喉を上下させた。
 心の臓が大きく脈を打って、身体を火照らす。
 見つめれば目が合って、リクオが怪訝そうに瞬いた。
 どんな顔で相手を見ていたのか考えたくもなかったが、いずれにしても、我慢はできそうになかった。
 勢いよく立ち上がり、湯のなかを大股で横切れば、リクオは大きく目を瞠った。
「おい、」
 呆気にとられた顔で、隣へと腰を下ろした鴆へ身体ごと振り返る。
「わざわざこんな近くで入んなくてもいいだろ」
 間を取ろうと身を退くリクオの腕を掴み、鴆は力任せに引いた。
「おいっ」
「いいんだよ、これで」
 湯のなかで浮いたリクオの身体を強引に引き寄せ、膝を立てた自身の脚の間に抱いた。
「ちょっ、……何しやがるっ」
「嫌なら本気で振り払えよ、リクオ」
 暴れるリクオを後ろから抱き締めて、鴆は耳元に囁く。
「殴ってでもやめさせねえ限り、このままだぜ?」
「……ったく」
 呆れた声とともにリクオは抵抗をやめ、大きく溜め息をつく。
 大人しくなった耳殻を舐れば、ひくりと肩が跳ねた。
「なぁ、……我慢できねぇ」
 耳朶を咥えたまま、低くねだる。後ろから覗き込むだけでも、俯いたリクオの頬が染まっているのがわかった。
「何がだよ、……鴆」
「わかってんだろ? 野暮なこと言ってんじゃねぇよ」
 リクオの前で組んだ手を解いて、鴆は胸の飾りへと指を這わせた。
 息を呑んだ情人には素知らぬふりで、強く摘んで、擦る。
 思わず身を退いたのだろうリクオは、鴆の身体に背を押し付ける格好になって、小さく喘いだ。
「ほら、」
 指先で弄ぶうちにリクオの胸は尖って、見るまでもなく、頬と同じに色付くのがわかる。
「……ずりぃぞ、鴆」
 いつもの歯切れ良さはなく、鴆の腕のなかでリクオが抗議の声をあげる。
「何だって構わねぇさ」
 身じろいだリクオをなおも嬲りながら、鴆は嘯いた。
「おめえをこの手に抱けるなら、な」
「……あっ……っ……」
 堪えられず、身体を折ろうとしたリクオを、鴆の手が押し止める。湯の中なのをいいことに軽々と抱き上げると、自身と向かい合うよう、身体の向きを変えさせた。
「や、……っ何だよ、……」
 そのまま鴆は、湯の中で一段高くなった敷石へと、リクオを抱いたまま腰を載せる。
「おめえの顔が、よく見えるだろう?」
 膝に抱えたリクオを見上げて、鴆は笑った。
「オレ、はっ……」
 怒ったように鴆を睨んで、皆まで言えず、リクオは顔を背けた。
「オレは? 何だよ、リクオ?」
 からかう声でなおも問えば、リクオが唇を噛む。
 恥ずかしいと口にするのも、抵抗があるのだろう。初心な情人に煽られて、鴆はその顔を引き寄せた。  ゆっくりと唇を押し当て、二度三度と触れるだけの口付けを落とす。
 そうして優しく唇の合わせ目をなぞってやれば、いつまでも意地を張れないのはわかっていた。綻んだ唇から舌を差し入れ、リクオのそれを捉えて、うんと感じるように舐めてやる。
 掌の下の膚が身じろぎを伝えて、情人の悦を伝えた。
 何も知らなかったリクオの身体を、ひとつひとつ拓いていったのは鴆だ。かつては口付けだけで身を竦ませたリクオが、今では自分から舌を絡めて、鴆をねだる。
 幾度も角度を変えて口付け合い、身体の熱を上げていく。息を継ぐ間もないほど互いの吐息を貪りながら、昂ぶった身体はもっと刺激が欲しいと訴える。
 鴆は二つの身体の狭間に手を伸ばし、リクオ自身へと指を添えた。
 重なったままの唇から、リクオが身体を強張らせたのがわかる。宥めるように舌を吸って、そのまま、鴆の指は相手の中心を弄ぶ。
「……っ……、鴆、」
 顔が離れれば、戸惑うようにリクオは俯いた。
 行為には少しずつ馴染んでも、そんなところは可愛らしいとしか言い様がなく、鴆はつい笑みを浮かべてしまう。
「何だ?」
 言いながら、殊更強く根本から撫で上げる。既に熱を集めていたそれは、鴆の指に撫ぜられて、さらに硬く張り詰める。
「……っ……、」
 肩を強張らせ、リクオは喉からの声を呑み込んだ。
 鴆へと立てられた指に、力が込められる。目の前の胸は、喘ぎを隠しきれずに上下した。
「どうやって触ったらおめえが気持ちいいのか、」
 ゆるゆると扱いて、鴆は伏せられたリクオの顔を見つめる。掌のなかで、リクオの熱が脈打ったのがわかる。
「これなら一目瞭然だろう?」
「……!」
 薄く口を開いたまま、リクオは浅い息を吐いた。
 覗き込めば、戸惑う表情で鴆を見つめ返してくる。
「昨日の身体が、辛いか?」
 問い掛けには、はっきりと首を振った。
「嫌、か?」
 優しい声に、リクオは一瞬迷い、けれど今度も首を振る。
「嫌じゃねえ、よ」
 幾分ムキになって、リクオは重ねて言った。
「そうじゃねえ、けど」
「恥ずかしい、か?」
「……わかってんなら、……っ」
 語気を強めた情人に、鴆は掌の中のリクオに指を這わせることで答えた。
「……っ、や、……あっ」
「おめえのどんな顔も見たいって言ったろう?」
 昨日の午後、明るい部屋でリクオにねだった台詞を、もう一度鴆は口にした。
「なあ、リクオ?」
「……こんなん、……いつ、だって……っ……」
「そんなら尚更、恥ずかしいもんでもねぇだろう?」
 言葉尻を捉えて、鴆はなおもリクオを追い上げる。
 直接的な刺激と、煽られる羞恥とでリクオのものは漲り、もう限界も遠くない。


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