仰け反った形のよい顎から、汗が滴り落ちる。
「……っ、……んっ……」
 滴は仰向けになった鴆の腹に落ち、喘ぎの狭間に微かな水音を聞かせた。己の上に跨った情人に見惚れながら腕を伸ばし、その腰へと手を宛がう。
「……リクオ、」
「……っ、……ぁっ……っ……」
 露わな膚はうっすらと汗を光らせ、荒い呼吸に弾んでいる。その身をさらに沈ませるよう誘えば、婀娜な吐息を漏らしてリクオは腰を揺らした。薄く開いた唇から、声にならない声があふれる。
 部屋の隅に置かれた灯りが、あたりをぼんやりと照らしていた。
 季節は既に冬。先刻、薬鴆堂へと降り立ったリクオの頬は、すっかり冷たくなっていた。それが今は、こんなにも熱い。
 触れ合う膚は汗に湿り、重ねる指を深みへと促した。閨の内までもが交わした吐息で充たされ、発熱しているかのようだ。零される溜め息が、見交わす眼差しが、互いの熱をさらに煽り、身の内をも灼いていく。
 繋がりながらもその先へと気持ちが急いて、鴆は腰を突き上げた。身体を震わせたリクオが責めを堪えるよう顎を反らし、喘ぎを漏らす。無防備な仕草一つにどうしようもなく愛しさが込み上げて、自身を咥え込む秘所をかき廻した。
 唇を噛み、大きく胸を上下させたリクオが鴆へと視線を落とす。その目を捉えたまま腰を揺らせば、きつい眼差しが緩み、目元に艶っぽい笑みが浮かんだ。
「……放したくねェ」
 口を突いて出た言葉は、鴆自身、思ってもみなかったものだ。己の執着を露わに晒し、思わず、リクオを見つめたまま瞬く。情欲の底に、己すら意識しない願いが潜んでいると、気付かれてしまっただろうか。
「何、馬鹿なこと言ってやがる」
 返されたのは、すべてを一蹴するような笑みだった。リクオの腰へ掛けた鴆の手に掌が重ねられる。
「おめぇは、……オレが守るって言っただろうが」
 覗き込んでくる視線は一瞬眇められ、けれどすぐに、見知った強気な表情が取って代わる。
「鴆は……オレのもんだろ?」
「……ああ」
 問いのふりをしたやりとりは、戯れでしかない。答えなど決まっていることを、二人とも知っている。それでも、熱っぽい何かが胸の内を充たして、鴆は先刻よぎった不穏な心地を強いて追いやった。
 初めて夜のリクオと出会ったときから、望みは決まっている。百鬼の主に、そして己の主になってほしいと、ただそれだけ。
「そんな簡単に、……手放してたまるかよ」
「……リクオ、」
 望みの一つはその夜のうちに叶えられた。二人は義兄弟の盃を交わし、生涯の契りを結んだ。交わした酒は甘く、もう一つの望みのためなら身体も命も惜しくないと鴆は言い、リクオは首を振って、オレの為に生きろと言った。
 生きて、オレの為に働け、と。
 今なら、実にリクオらしい物言いだと思う。鴆の為に言ったのではない。軽口にも響くその言葉が、真実、リクオの本意なのだ。護ると決めたら、決してその手を離しはしない。望むものを得るまで、屈することはあり得ない。誰もが見惚れる、抜き身の剣にも似た心意気こそ、三代目の三代目たる所以だった。
 それでも、何かを惜しんでは為し得ないことがあると、鴆は知っている。
 そのとき手放すのが、何であるかも。
 鴆を見つめるリクオの瞳は揺らがない。上気し、目元を染めながらも鴆を見据え、真っ直ぐ瞳の奥を晒す。
 その強さに、気持ちが揺さぶられるのを感じる。不意に込み上げた衝動に、体温が上がる。
「……っ、」
 欲情するまま、交わる膚へと熱が滾る。顔をしかめたリクオが微かに喘いだ。己を締め付けてくるきつさに、思わず鴆も相手の腰に這わせた指へ力を掛けてしまう。
「リクオ、」
 そんな些細な刺激にすら反応して、身じろぎが返される。繋がりは熱く蕩けて、身体の芯を切実に疼かせた。
「……来いよ、早く、」
 感じているはずなのに、まだ最奥を残すリクオを呼ぶ。伸ばした指で相手の胸の朱を引っ掛けば、リクオは一瞬息を呑んだ後、もどかしげにかぶりを振った。
 閉じられた瞼が艶めかしい。身体の内に脈打つ、鴆の情欲を感じているのは確かなこと。あられもなく正気を失うまで、さほどの時はかからない。
 白い喉を仰け反らせて、リクオはゆっくりと腰を落とした。咥え込まれた鴆自身がさらに深くリクオを穿ち、溜め息を濁らせる。
「……はぁ、っ、……」
 掌に重ねられたリクオの指が、鴆の膚にきつく食い込んだ。
 唇を薄く開いたまま、時に眉を寄せるリクオから目が離せない。切なげにすら見える表情をさせているのが誰かと思えば、全身の血が沸き立った。リクオが感じているのは他でもない、自分だ。
 鴆の上、自らを最奥まで貫かせたリクオは、艶っぽい吐息を零した。
「…………ん、鴆っ……、」
「……リクオ、」
 低く呼べば、繋がった箇所をさらに深く求めるよう、リクオが腰を揺らす。  これ以上近くはなれない距離なのに、なお貪欲に相手を欲しいのは鴆も同じだ。頭の芯から爪先まで、ひりつくような快感が寄せては引き、その捉え難さに翻弄される。互いの荒い息が耳を刺激し、鴆を煽った。

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