「もっと……、……呼べよ、リクオ、」
 閨での求めは閨の内だけのこと。己だけを見、己だけを感じ、己だけの為もっと淫らに啼けと、情人に願うなら憚ることもない。己だけに、余人は知らない嬌態を見せつけてほしいとただ願う。
 優しい睦言は、いらない。
 欲しいのは、箍の外れた色情だけ。
「少しだけ……、堪えろよ?」
 上半身を起こし、鴆は己に跨るリクオと向き合った。汗が浮いたこめかみを拭ってやれば、ぼやけかけた瞳の焦点が戻ってくる。
「……なんだ、……鴆?」
 息を乱したままのリクオに、伸び上がって軽く口付けた。宥めるようについばんで、その背に腕を廻す。
「……おい、鴆っ?……ぁっ、つ、」
 珍しく狼狽えた声になったリクオを意に介さず、腰を浮かせた。片手でリクオを、もう片手で己を支えて、身体の上下を入れ替える。咄嗟に鴆の背へと縋ったリクオが目を瞠った。
「ちょっ……、鴆、てめえっ……」
「力抜け、リクオ、」
 繋がったまま体勢を変えられ、リクオの頬が紅潮した。
「……っ、く、」
「支えてるから、……ほら、」
 覆い被さる格好で、努めて静かにリクオを夜具へと横たえる。下から睨め付ける視線に笑みで応じ、頬にかかった髪を払ってやった。
「……無茶、しやがっ……、」
「おめえに言われるなんざぁ……、心外だぜ?」
 あやすように揺すり上げれば、充分快感に馴らされた身体は勝手に跳ねた。喘ぎを殺そうと、リクオが唇を噛む。
 その唇で呼んでほしい、と思う。身も世もなく、自分だけを。今だけの願いだと、誰よりわきまえているのは己だ。
 目を合わせたまま、鴆は躊躇なく腰を突き入れた。
「……っ、鴆、っ……」
「……イイ声じゃねえか、リクオ、」
 少し上擦った声に、下肢からの濡れた音が重なる。ひどく扇情的なそれに口の端を引き上げ、リクオを見下ろした。
 薄明かりの中でも、膚に無数の朱が散っているのが見てとれる。鴆が吸い、思うさま悦がらせて刻んだひとときの徴だ。
 共に時を過ごすほど、この、ただ一人の主に我を忘れる自分がいる。抱くほどにすべてを奪いたくなって、募る想いは手に負えなくなった。
 欲しいものは、誰より自分がわかっている。
 組み敷いたまま、最奥を穿った。
 全身を火花が奔り、痺れるような快感が奔流となって身体の芯を揺さぶる。熱く蕩ける情人に囚われて、正気でいられるはずなどない。自分が感じるようにリクオも感じてくれればいいと願う。
「……っ、ぁ……」
「リクオ、……っ、」
 深く。もっと深く。馴染んだ身体を甘く責め立てる。すべてを鴆へと委ねて、リクオから艶めかしい喘ぎが零れ始めるのに、時間はかからない。そうなれば戯れに汗を拭う指先ひとつにも感じて、さらなる愉悦の淵へと落ちていく。
「……は、あぁ、……っ、っん、……」
 揺すり上げられるままに啼いて、リクオの指が鴆の肩に食い込む。御しがたい熱に眉を寄せ、眦を濡らして感じながら、なおもリクオは鴆を欲しがった。互いの劣情に身の内を喰らわせて、蕩け合う身体を余さず晒す。二人を縛る熱だけが確かなもので、他のすべては跡形もなく消え去った。
「……リクオ、」
 リクオの膚に、夜具の上に、鴆の汗が零れ落ちる。荒い息に遮られて、水音はもう聞こえない。応えるようにリクオが手を伸ばし、鴆の濡れた額を指先で拭う。
「呼んでくれ、」
 我知らず、願いが口を衝いた。
「オレを……、リクオ、」
 愉悦に眩んでいたリクオの瞳が、覗き込めば、鴆へと焦点を結ぶ。熱に浮かされた視線が絡み合い、朱く染まった目元が緩んだ。閨でだけ見せる酩酊にも似た表情に、見惚れるような笑みが浮かぶ。
「……鴆、……」
 乱れた息の合間から、甘く、低く、呼ばれた。身の奥を震わせる声に渇えを覚えて、一際強くその身体を穿つ。
「絶……対、……っ、」
 貪る心地で打ちつけた最奥は、淫らに鴆を押し包む。激しい鼓動が、頭の芯を揺さぶる強さで脈打つ。
 それを圧して、喘ぎ混じりのリクオの声が鴆のすべてを奪い去った。
「……放さねぇ……、……っ」
 痺れるような恍惚が背を駆け上がる。
 終わりが近い昂ぶりに、容赦なくリクオを貫いた。息を呑む相手を感じて、迫り上がる熱を解放する。
「……、鴆、っ……」
 大きく身体を戦慄かせて、果てを迎えたリクオが二人を共に濡らす。その瞬間に己を呼んだ情人を見下ろしながら、鴆もリクオの内へと己を散らした。

「……リクオ、」
 荒い息が調うのを待てず、鴆は掠れた声でその名を呼んだ。
 ゆっくりと身体を離し、片肘をついて傍らに横になる。顔だけで振り向いたリクオは交情の余韻に上気しながらも、からかうように口の端を引き上げた。
「鴆、」
 目は笑いながら、呼ぶ声は迷いなく、真っ直ぐに鴆へと届く。
「何度でも呼んでやる、だから、」
「ああ、」
 遮って、鴆は相手の頤へと手を伸ばした。言われるまでもない。瞬いたリクオを覗き込んで、破顔する。
「共にいる。ずっと、おめえと、」
「生涯な」
 語尾に被せて言い足したリクオの顔に、艶やかな笑みが浮かぶ。
「生涯」
 頷いて、舌先で確かめるよう繰り返した。甘く苦く交わされた約束は、いつ何時も鴆の胸に咲き続けるだろう。
 今一度、その言葉を味わおうと、鴆はリクオへと身を傾けた。

                              (了。10.01.08.)

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