「よぉ〜、来たなリクオ! 恋人と喧嘩して逃げ回ってるってのは本当か?」
 好奇心が半分、からかう気持ちが半分、それに、遠野の情報網をひけらかす気持ちもあったかもしれない。会うなり尋ねてやれば、久しぶりに再会した相手は実に嫌そうな顔をした。
「喧嘩もしてねえし、逃げ回ってもいねえよ。だいたい、本当にそうだとしたら、何でおめえはそんなに嬉しそうな面みせんだ、淡島?」
「そりゃ悪かったな。いつも澄ました面してるリクオが痴話喧嘩なんざ、どんなにしょぼくれてるかと思っただけさ」
「ったく、いい性格してやがるぜ」
 呆れた表情になったリクオの肩を叩いて、淡島は声をあげて笑った。
「違うんだからいいじゃねえか。ま、お前と鴆がいつまでも諍いしてられるわけもねえだろうし?」
 当然いつもの勝ち気な笑みが返ってくるだろうとからかったのだが、案に相違して、リクオはあらぬ方へと視線を逸らす。
「リクオ?」
「……皆は元気か?」
 これは拙いことを言ったのかもしれない、と淡島は遅ればせながら気付いた。本人が何と言おうと、リクオが本家に戻らず不自然にふらふらしているのは事実なのだ。それならば淡島が口にしたことも、当たらずとも遠からずといったところなのか。
「自分で確かめろよ。みんな喜んで酒盛りになるぜ?」
「遠野の酒は久しぶりだな」
 ようやく見慣れた笑みが閃いて、淡島は内心で安堵した。
 しかしそれならそれで、と思う。ここは自分が一肌脱いで、仲直りをさせるべきだろう。目の覚めるような啖呵を切る一方で、妙に子どもっぽいところのあるリクオだから、何か意地になっているのかもしれない。遠野に来たのだって、自分たちを恃む気持ちがあるからではないか。
 淡島は、リクオはもちろん、その恋人である鴆のことも好きだった。付き合いはまだ短いが、侠気あふれた、実に気持ちのいい男だと認めている。酒が強いのもいい。そう、あんなにも仲睦まじかったリクオと鴆とが、すれ違っていていいはずがない。
「で、どうなってるんだ実際?」
 数刻後、イタクや雨造ら、ともに技を鍛え合った者でリクオを囲み、早々に淡島は切り込んだ。
「何がだよ?」
 あっという間に盃を干したリクオが、手酌をしながら横目で聞き返す。
「何でいきなり遠野に来たんだ?」
「散歩だよ」
 あっさり答えて、リクオはまた盃を干した。
「散歩、かよ。素直じゃねえにしてももうちっと言い様が……おい、そりゃ早いだろリクオ、水みたいに飲み干しやがって」
「遠野の呑んだら、他んとこの酒なんか呑めねえだろう?」
 リクオを迎えて上機嫌の雨造が、その呑みっぷりにさらにはしゃぐ。話を逸らしかけるのを小突いて、淡島は慌てて話の接ぎ穂を探した。
「随分と大胆な散歩じゃねえか。四国に出向いてたってのはほんとなんだろ?」
「四国かよ! すげえなリクオ!」
 もう一度雨造を思い切り小突き、リクオの表情に目を凝らす。
「別に、何しに行ったわけじゃねえぜ。……あ、うどんは食ったか。美味かったな」
 素知らぬ顔のまま薄く笑って、人を食った答えが返ってくる。
「何しに行ったわけでもねえってことがあるか。……なあ、鴆は元気なのかよ? 痴話喧嘩してるのって、本当なんだろ?」
 所詮、淡島もまどろっこしい真似はできない。まだ知らずにいたらしい何人かが、露骨な物言いを聞かされ、酒に咽せる。
「……してねえって言ってるだろ、喧嘩なんか」
 周り中から好奇心露わな視線を向けられ、リクオは少しふてくされたような声を出した。
「そんなんじゃねえんだ、……ただ、」
「ただ、何? 喧嘩じゃないなら、リクオは何を気にしているの?」
 落ち着いた声を聞かせて、冷麗がリクオの隣へと膝を着く。さりげなく盃を満たし、促すようにリクオを見つめた。
「喧嘩じゃない、ってことは、喧嘩ですらないってことかしら? ……リクオは何に臆病になってるの? 喧嘩もできないなんて、何故?」
 あくまで静かな口調にかかわらず、つい、答えなければという気にさせる冷麗に、さすがだと淡島は舌を巻いた。リクオも気押されたように、注がれた盃をあおる。頬が朱に染まっているのは、結構な量の酒がようやくまわってきたのか、それとも別の理由か。
「容赦ねえなあ……」
 目を細めて、リクオは少し困ったように苦笑した。
「かなわねえよ、冷麗には」
「私はただ、リクオが笑っててくれればそれでいいの」
 柔らかく笑って、冷麗が自身の後ろを振り返る。
「ねえ?」
                                  (10.09.21.)


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